No.4 家賃は、払い捨て?

 

 不動産広告などで、次のような文字を目にすることがある。

 「家賃は払い捨てだが、ローンは資産になる」

 このような表現は、基本的に「嘘」である。当コラムでは、次の点を中心にこれを検証してゆく。

 1.家賃は、決して払い捨てではない。

 2.ローンのうち、元本部分は確かに資産になるが、金銭という資産が、不動産という資産に姿を変えただけである。

 3.ローンの利子部分こそ、払い捨てである。


 元本と果実  

 まず、不動産鑑定の知識のない方には、不動産鑑定評価基準の次の一節を見ていただきたい。

 『不動産の経済価値は、一般に、交換の対価である価格として表示されるとともに、その用益の対価である賃料として表示される。そして、この価格と賃料との間には、いわゆる元本と果実との間に認められる相関関係を認めることができる。』(不動産鑑定評価基準総論第1、二)

 物の価格とは、その所有権を得るために支払わなければならない金額のことであり、言いかえれば、所有権の対価ということになる。

 一方、その物の所有権は得ずに、一時的に借用する場合にも何がしかのお金を支払わなければならない(レンタル料)が、これは、いわば利用の対価である。

 不動産の経済価値についても、この両面から説明することができ、前者を単純に「価格」と呼び、後者は、「賃料」と呼ぶ。

 この両者は、銀行預金で言えば、預入れ元本と利子の関係にある。

 銀行にお金を預けると利子がつくが、これは、銀行が預金者からお金を借りるためのレンタル料と考えることができる。そして、そのレンタル料率のことを、利率(利子率)と呼ぶ。年間利子率1%のもとで1年間100円を預ければ、1円の利子がつくわけである。

100円×1%=1円

 もし利率がこのまま変わらなければ、来年も1円、再来年もまた1円・・・というふうに利子がついてゆくであろう(単利計算、あるいは毎年の利子をその都度引き出す場合)。100円というお金は、それを生み出す元手である。

 言いかえれば、利率1%のもとで、無限に1円の利子を生み出しつづける原資のことを、100円と呼ぶわけだ。
(これは、無限等比級数の総和の公式を用いれば、1円÷1%=100円として求められるが、ここでは、その説明は割愛する)

 つまり、利率1%のもとでは、現在100円の現金を持っていることと、手もとにお金はないが、毎年毎年1円ずつ永久に得られることとは、経済価値的には同じことなのである。いや、両者の経済価値が同じになるように、利率が決められると言った方が良いかもしれない。だから、お金(流動性)に対する需要の如何によって、利子率は変化するのだ。

 そしてこの場合の100円を元本といい、1円を果実という。

 果実とは、元々法律用語であって、天然果実と法定果実の2種類がある。銀行預金の利息や、不動産の賃料は、法定果実にあたるものだ。


 いま、価格が3000万円の不動産があって、そのレンタル料率が5%とすると、1年間に支払われる賃料は、150万円である。

3000万円×5%=150万円

 3000万円の自分の不動産をずっと持ち続けることと、自分のものではないが毎年毎年150万円ずつ支払うことによって不動産を借り続けることとは、利用の便益という点からは同じことである。

 家賃を払い続けることとは、所有権を得る代わりに、利用という便益を受ける都度、そのレンタル料を支払って行くことである。

 一方、不動産を購入する(価格を支払う)こととは、これから先受けるであろう便益に対して、その対価をすべて先払いしてしまうことなのである。

 つまり、価格と賃料は、同じ経済価値が、その姿を変えただけだと言うことが出来る。

(一昔前までポピュラーだった携帯電話のレンタル制と、買い取り制の違いを考えてみて欲しい。基本的に、対価を先払いしてしまうか、小出しにして行くかの違いに過ぎないことがわかるだろう。もちろん、長く持つなら買い取った方が得だが、それは、レンタル料率の設定が、一定の有限期間だけ利用することを前提としたものだからであり、実際の利用期間がその設定期間より短いか長いかで、損得が分かれる。しかし、銀行預金や不動産の例では、レンタル期間を永久とした場合の料率を問題としているから、損得の問題は起こりえないのだ。携帯電話の場合も、寿命が来るまで借り続けた場合のレンタル料総額と、買い取りの場合の価格が同じならば、どちらを選んでも損得はないのだ。)


 借金をして購入することの意味

 上記では、購入代金の先払いと、賃料の継続払いが、単純に方法の違いであることを説明した(所有することによって支払義務の発生する税金などは考慮外)。

 買えば自分の物だが、借りていれば他人の物ではないか、と反論される方は、ちょっと待って欲しい。一体、自分の物とはどういうことなのか。賃料を払って永遠に借り続けるということは、ずっと自分が利用できる、つまり自分の物と同じなのだ。

 また、自分の物なら壊してもいいけれど、借り物を壊したら弁償しなくてはならない、という反論もあるかもしれないが、自分の物を壊しても直すためには費用が要る。言いかえれば、自分に弁償しなければならないのだから、これもやはり同じことである。

 しかし、もし購入するために借金をするとしたら、どうなるだろう。

 3000万円の不動産を買うために、全額借金したとするならば、購入後、その借金を利息と共に返済して行かなければならない。その返済額のうち、元本の3000万円は、今や不動産に形を変えているのだから問題はない。

 ところが、その3000万円に対する利息は、不動産の対価ではない。借入金という元本に対する果実なのである。つまり、借金さえしなければ払う必要のなかったもので、後には何も残らないものなのである。

 このような無駄は、賃借の場合には発生しない。でももし、賃料を払うために3000万円の借金をして、それを取り崩しながら払って行くという行為をすれば、その借入金利息は無駄に捨てていることになるが、そんな馬鹿げたことをする人はあるまい。


 借金をしなければ、どちらも同じ

 以上をまとめると、

1.所有するとは、永久の利用権の確保である。その対価が、購入価格である。

2.これに対し、永久に借りる場合、永久に賃料を払い続けなければならないが、これは、購入代金を無限期間の分割払いにしているようなものである。

3.経済価値的観点から言えば、所有することと、永久の借用とは等価である。

4.したがって、両者は単に支払方法の相違であり、全額自己資金で賄う限り、どちらが得ということはない。(※注1)

5.借金をすれば、利息を支払わなくてはならないが、利息とはお金のレンタル料であるから、それを支払った側にとって、その部分は何らの価値も構成しない。つまり、払い捨てである。(借入金の利息は、お金を一度に調達できたという便益の対価に過ぎない)


 但し、この話は、貨幣も不動産も、その価値が不変である場合に妥当するのであって、例えば不動産の実質価格が上昇している時には、いち早くお金を不動産に変えるのが良く、下落している時には、いち早く不動産をお金に変えるのが良い。

 昨今のように、土地価格が継続的に下落している時には、3000万円の現金を不動産に変えたとたんに、その3000万円が目減りして行くことになる。しかも、その3000万円を借金で調達するなどという行動は、わざわざ損をするために、利息という捨て金をまいているようなものだ。


 所有するか否かは、単にライフスタイルの問題

 確かに長い目で見れば、地価は上昇するかもしれない。しかし、我々がこの数十年間経験してきた地価上昇は、日本が発展途上国から先進国へと成長し、その成長が頂点にまで達するという、極めて異常な時代の出来事だったのであり、同様の事態は、新たな産業革命のようなことがない限り、もう二度と訪れないだろう。

 今後、地価上昇は、経済成長にリンクして行くだろう。そうなれば、不動産を所有することは、長期的に見れば有利でもなければ不利でもない(※注2)。数ある資産の形態の一つに過ぎなくなる。すぐにそうなるとは言いきれないが、少なくともそれが本来の姿なのである。

 そのような状況下では、流動性(現金)を選んで不動産は買わずに借りるのか、それとも安定を選んで不動産を所有し、その代わり現金をあきらめるのかというのは、単に生き方の選択ということになる。臨機応変ということに価値を置く人は持たなければ良いし、定着の場を持たなければ安心出来ない人は持てば良い。それだけのことだ。

 そして、たとえ損をしてでも定着の場が必要という人は、借金の利息は払い捨てということを肝に銘じた上で、購入すれば良い。

 何度も言うが、家賃は決して払い捨てではないが、借金の利息は払い捨てなのである。この点だけは、十分理解しておいて欲しい。

2000年5月21日



※注1:ここでの議論は、世の中の価格や賃料が、完全に合理的に値付されていることを前提としている。そうでなければ、一般論など導けないからだ。しかし、当然のことながら、不動産に限らず物の値段というのは、すべてが合理的に決定されているわけではない。世の中には、便益性に比べて販売価格の高すぎる物件もあるし、元本価値に比べて賃料の高すぎる物件もある。そういった物件をつかまされると、損である。逆に、お得な物件(実は、そんなものはほとんどないのであるが)を賢く見つけ出せれば、買って得をするケースや、借りて得をするケースだって考えられる。

※注2:もちろん短期的な地価の上下はあり得ることで、その短期変動を巧みに利用して利ざやを得ることは可能だろう。上昇期にいち早く保有し、下落前に売却すれば、転売利益が得られる。それは、株式やその他の金融商品への投資と同じである。今までの日本は、地価の長い長い上昇期にあったために、誰でも不動産を持てば得をするという極めて特異な状況だったのであり、投資とは本来損もするものなのだという当たり前の事実を、我々は忘れてしまっていたのだ。

<補論>
 購入と賃借を具体的に比較するためには、それぞれの場合にかかるすべての費用を計算に入れる必要がある。
 購入すれば、維持費や修繕費が継続的に発生するし、固定資産税などの税金もある。予期せぬ災害に遭遇して大修繕が必要となることもある。もちろんローンを組んで購入していれば、利息という、住宅の便益に貢献しない支払もある。
 一方、賃借の場合、そのような費用は、すべて賃料と共益費の中に含まれているので、それ以外に出費は必要としない(但し、数年毎に引越しをするのであれば、その費用は計上しなければならない)。
 世間によく見られるような、単純に家賃とローン返済だけを比較するような見方は、ほとんど意味をなさないことに注意すべきである。
 なお、賃借の場合で、数年毎に引越しを繰り返すのであれば、家賃以外に引越し費用を必要とするものの、そのことによって常に新しい物件に居住するようなことが可能となるので、老朽化する一方の物件に住み続ける場合と比べて、受けている便益は優っているという点も見逃してはいけない。
 また、比較する上では、居住環境や交通利便性などの条件が同じもの同士でなければ、損得は語れない。購入物件は駅から遠く、賃借物件は駅前というのでは、最初から比較対象にはならない。建物の設備やグレードも然りである。便益が違えば、金銭価値も違って当然だからである。
 このように見てくると、一般論ではなく、購入と賃借を具体的に比較するということが、いかに難しいことなのかがわかるだろう。


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