No.6 都会は、物価が高い?

 

 巷でよく言われていることに、「東京や大阪などの都会は物価が高いので生活しにくいが、地方は物価が安いので豊かな生活が送れる」というものがある。果たして、本当にそうなのだろうか。

 「そんなことあたりまえじゃないか」とすぐさま思った方は、是非これを読んで欲しい。

 まず、感覚的な話から。

 旅行や出張などで見知らぬ地方都市を訪れた時、食べ物の値段が妙に高いと思ったことはないだろうか。特に、ローカル線のひなびた駅前に数件だけぽつんとある定食屋や喫茶店などで食事をしようと思うと、選択肢は少ない上に、ついている値段も、なんだか東京や大阪の都心部などと比較をしても高いと感じることが、筆者にはよくある。

 もちろん旅行で訪れる観光地は、文字通り観光客相手であるから、高いのは仕方ない。だが、ここで言っているのは、そういった観光地ではなく、よそ者などめったに来ないような町の、主に地元の人たちを相手にしているようなお店のことである。

 もっとも駅前などという立地だから高いのであって、ほんとうに地元に密着した商店街などではそれほど高くなく、その町のすべての店の平均価格を出せば、都会よりは確かに安いのかもしれない。消費者物価指数の地域間格差(後述)などを見れば、確かに地方は平均的に物価は安いようである。でも、食べ物屋などという、地方ではそれほど数の多くない店の場合、都会のような競争が起こらないために、ある意味で寡占的な値付けが行われていても不思議ではないのだ。その意味で、競争の激しい都会では、高い店も多いが、安い店もまた多いのである。

 それに、実際に地方のほうが平均価格は安いとしても、選択肢が少ないのであれば、それを豊かとは言い難いのではないだろうか。喩えて言えば、Aという町には、市役所の食堂のような安い店が1、2件だけあるのだが、Bという町には、それほど安い店はなく、平均的に値段は高いけれども、和食、中華、フランス料理、イタリアン、その他世界中の料理を楽しむことができる店がたくさんあるとする。AかB、いずれかの町に定住するとして、貴方は、一体どちらの環境を豊かと感じるだろうか。

 実質的な値段を取るのか、選択肢の多さを取るのか。これは、まさに嗜好の問題であり、人生に対する考え方の問題だろう。私なら、迷わず選択肢の多さを取る。


 次に、少々理論的な話を。

 地方によって、物価の高い、安いは確かにある。日本一物価が高いのは、誰でもが知っている通り、東京である。

 ただ、そのように、物価水準を単純に比べるだけでは、正しい比較をしたことにはならない。なぜなら、我々が消費支出をするためには、収入がなければならないので、相対的に物価の高低を論ずるためには、収入の高低も考慮に入れる必要があるからだ。

 そこで、物価水準の高低と、収入の高低を地域毎にそれぞれ比較したのが、下表である。

消費者物価指数の地域差指数(*1)

1人あたり雇用者所得(年額)(*2)

地域

全国平均=100とした指数

沖縄県=100とした指数

地域

実数(単位千円)

沖縄県=100とした指数

東京都区部

111.0

118.5

東京都

7,274

181.1

大阪市

106.8

114.0

大阪府

6,229

155.1

名古屋市

103.6

110.6

愛知県

5,194

129.9

四国地方

95.7

102.1

四国地方

4,765

118.6

沖縄県

93.7

100.0

沖縄県

4,017

100.0

(*1)消費者物価指数「持家の帰属家賃を除く総合」で比較した地域差指数
(*2)県民経済計算・県民所得のうちの1人あたり雇用者所得

(出所)総務庁統計局/H10年全国消費者物価指数・平均消費者物価地域差指数及びH9年県民経済計算
総務庁統計局統計センター http://www.stat.go.jp/


 これを見ると、全国の都道府県で最も物価の安い沖縄県と、最も高い東京都区部では、確かに18.5%もの格差がある(沖縄県を100とした場合の東京都区部の指数が118.5)。

 しかしながら、1人あたり雇用者所得をみると、沖縄県が401万7千円であるのに対し、東京都が727万4千円となっており、実に81.1%もの格差があるのだ(沖縄県を100とした場合の東京都の指数が181.1)。

 同様の視点で、沖縄県を100として、物価と所得を見てみると、大阪は物価が沖縄に比べ14.0%高いのに対し、所得は+55.1%である。他の地方もすべて同じような傾向が見られ、沖縄との比較において、どの地方も、物価が高くなる比率よりも、所得の増加する比率の方が高いのである。(※注)

 もちろん、すべての都道府県や都市圏について比較をしてみれば、この傾向を逸脱する地域もあるかもしれない。(事実、上表には採用しなかったが、物価水準が下位の地域においては、物価は沖縄より高いのに、所得は反対に少ない地域も見られた)

 だが、上表によって単純に明らかとなったのは、東京、大阪、名古屋などの大都市圏は、確かに物価は高いものの、それ以上に所得が多いという事実である。つまり、地方に比べ、見かけ上の物価は高いのだが、実質的な物価は、むしろ相対的に安いと言えるのだ。

 批判を恐れずに言ってしまえば、「少なく稼いで、少なく使う地方」に対し、「たくさん使うが、稼ぎの多さはそれを遥かに上回る都会」という構図が浮き彫りとなった。

 「都会は物価が高い」と嘆いている方も、実は、それを補って余りあるだけの所得を手にしているはずなのである。

 まだかけ出しで収支が合っていないという都会暮らしの若者は、今はまだ、将来のための有益な先行投資期間と考えるのが正しいのではないだろうか。

2000年6月4日


※注:当表における物価対所得の比較において、統計データの都合上、東京都区部に対して東京都、大阪市に対して大阪府、名古屋市に対して愛知県などという対比をしている。もし東京都の1人あたり雇用者所得のデータを東京都区部に入れ替えることが出来れば、更に高くなることが予想されるし、大阪市、名古屋市についても同様である。従って、地域間所得水準格差はもっと大きくなることが推測される。


<追記>当コラムは、所得の多い地域=豊かというようなことを言わんとしているのではもちろん無い。あくまでも事実としての数値を提示しただけであり、どちらの生活環境を豊かと思うかは、各人の選択の問題であることを強調しておく。また、平均所得の高い地域は、一般に、就業機会などのチャンスには恵まれているものの、競争も激しいことが推測されるので、様々なリスクもまた高いと思われる。


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