No.34 鑑定評価の客観性を求めて2

-fair valueへの戦い-



 私がrespectする明海大学・川口有一郎教授と直接お話しさせていただく機会を得た。 我が国に不動産金融工学という学問体系を確立するため研究をされている第一人者といえる方だ。

 ここに詳細を掲載することはできないが、日本不動産鑑定協会にお越しいただき、 これからの収益還元法のために、レクチャーしていただいたものだ。

 今回、私自身にとっての大きな収穫は、これまで私が信じてきたこと、当サイトで主張し続けてきたことの いくつかに対して、後押ししていただけるようなご意見を伺えたことである。以下、それらについて述べてみたい。


(1)土地単体、建物単体の利回りを考えることはナンセンスであり、市場で観測できるのは複合不動産としての収益率のみである

 土地期待利回りと建物期待利回りとは異なるとする解釈が存するが、私は、この業界に入った時から、それに対して大きな違和感を感じていた。

 土地は永続するが、建物は有限であるから、と説明されることがあるが、これは償却率(投資回収率=return of investment)の問題であって、 投資収益率(=return on investment)の問題ではない。 また、土地は滅失しないが、建物は災害で滅失する危険をはらんでいるからリスクの度合いが違う、と説明されることもあるが、 それは損害保険料として費用算定で考慮されるべきものである。(※注1

 そもそも土地なくして存在し得ない建物単体について利回りを云々すること自体が ナンセンスであると私は考えている。この点、川口教授からも同様の見解をお聞きすることができた。

 なお、土地については、 借地契約における実際地代が観測できる場合には、土地単体の収益率を把握することは可能である。建物に関しては、単体の収益率は絶対に観測不可能である。

(2)複合不動産の純収益を土地と建物に分ける土地残余法は不自然であり、複合不動産の収益価格を先に算定し、そこから建物積算価格を控除したほうが 明快である

 これは現行の不動産鑑定評価基準に適合しないやり方であるから、今すぐ実行することは難しいが、今後検討に値することだと思う。

 純収益を土地帰属部分と建物帰属部分に分けられるとする考え方は、鑑定評価基準に規定する収益配分の原則に則ったものに見えるが、 あくまでも観念論であり、配分方法を決めるための実証的な数値は存在しない。市場で観測可能な数値によって裏付けることのできない手法は、 説得力は弱い。

(3)鑑定評価が追求すべきものは、fair valueである

 正常価格を「ありのままの価格」とする解釈が従来あったが、ありのままを貫くのなら、投機的取引も容認しなくてはならない。 それも一つの市場価格なのである。私は、あえてそれに対する「あるべき価格」論にこだわってきた(※注2)が、基準の改正によって、一般には、 べき論は撲滅されたような形になっている。

 しかし、それでは、完全にありのままを容認するかといえば、もちろんそんなことはなく、 「ある価格」などという意味不明な表現まで出てきた。

 鑑定評価の役割が、価格の"適正なあり所"(基準総論第1章第3節)を指摘することであるのなら、短期的な市場動向に流されない 公正な価値を指し示す必要がある。この点、川口教授は、fair value(※注3)という概念を提唱されている。 私はこの考え方に、我が意を得たりという思いである。

 時代の風潮に流されないfair valueそしてfair priceの確立を目指して、戦いを続けようと思う。


 昨今、DCF法がグローバルスタンダードであるというような物言いが多いが、実際の調査によれば、 欧州でDCFを共通言語として用いている国は、スウェーデンだけだそうである。DCFは変数が多いので、 人々が同じレベルで分析を行うことは相当に困難である。もちろん、投資分析手法として有用であることはいうまでもないが、 DCFさえ適用すればよいと言わんばかりの日本の風潮は、明らかに異常であろう。 コラムNo.33でも触れたが、 収益価格万能論をしたり顔で展開する輩のほとんどが、割引率の査定や賃料等の将来予測について、実におそまつな知識しか持っていない。

 また、格付機関は直接還元法のみで評価しているのにもかかわらず投資家から信認を得ているのに対し、 鑑定士が同じことをやると批判されるのは不平等だ、とのご意見には、多少のリップサービスは あっただろうが、大変勇気づけられた(※注4)。

 繰り返し当サイトで力説していることであるが、各手法の持つ特徴や限界を認識した上で運用することが最も肝要であり、 実態を見ない流行のようなものに流されることは、厳に慎まねばならないであろう。

 DCF法を含めた収益還元法の全般につき、有効性を高めるため、今後一層情報整備を行っていくことが重要である。

 収益還元法とは、言うなれば、将来リスクを評価する手法である。私が以前から温めている確実性等価アプローチを 鑑定実務に取り入れる方法についても、今回重要な示唆をいただくことができたので、近いうちに論文にまとめたいと思っている。

2003年3月8日


※注1:この点については、拙稿 「改正不動産鑑定評価基準に準拠した利回りの算定方法」 においても論及している。

※注2:私の主張は、経済学における完全競争市場のような理想的状態を前提とするものではなく、 不完全な不動産市場を所与としつつ、あるべき位置を指し示す価格である。 実は、不動産鑑定評価基準(新基準)の正常価格はそういったものを指向しているはずなのに、 表現上は、べき論を巧妙に回避してしまった。「あるべき価格」なのだと言い切ってしまえばいい、 中途半端な世論に迎合する必要などない、というのが、私の立場である。 なお、当サイト掲載論文「 不動産鑑定士は世の中に必要とされているのか」(1999年執筆) では、この立場を明確に表明している。

※注3:鑑定評価において求める価格を、次のように分類して考えればよい。(川口説)
 1)マーケット・バリュー
 現実の取引事例から見いだすことが出来るインプライド・キャップレートを用いて直接還元法で評価を行う。 結果として取引事例比較法による比準価格と等しくなるはずだが、市場における収益率に着目し、 投資家のリスク評価を反映しているところに特色があるため、両者併用すべきである。
 2)インベストメント・バリュー
 投資家側から見た資本コストを用いたDCFによる評価を行う。WACCによって投資家の要求利回りを反映させるが、 借入金利回りは容易に見いだせるものの、エクイティ部分については、CAPM等を用いる必要がある。
 3)フェア・バリュー
 均衡価格と呼べるものであり、上記1,2を等しくするような割引率とキャップレートを求める。
 このフェア・バリューこそが正常価格であるとダイレクトに賛同した鑑定士は、私が初めてであると川口教授に言っていただいたが、 それは私にはむしろ不思議である。

※注4:鑑定評価は使えない価格を出しているから信認されないのだという意見があるが、 売手もしくは買手のいずれかの立場のみに立って値付けを行えば、短期的に信任を得るのは実はたやすいことなのである。 右肩下がりの時代(買手の声が大きな時代)であれば、買手(投資家)の側のみに立った価格をつければ、簡単に信任が得られ、 それが社会に評価されることになる。しかし、鑑定評価とは、決してそのようなものであってはならないと私は思う。もちろん、 どちらかの立場に立った価格へのニーズは多いので、それはコンサルティングとして行えばよいのである。 そういう周辺業務を大切にしなくてはならない。(この点については、コラムNo.8「 鑑定とコンサルティングの狭間で」を参照)
 日本の不動産鑑定士は、ぜひともアメリカのようにはならないで欲しい、との教授のご忠告はありがたかった。そのために、 金融工学をツールとすべきであろう。益々研鑽を積まねばならぬと、襟を正す思いである。 元々、国家資格ではないアメリカと同列に論ずることはできないが、他業界と距離を置き、自分たちの殻に閉じこもっている 彼国の鑑定士の姿は反面教師とすべきであると、私も思う。
 ところで、お酒の席とはいえ、一実務家のボヤキにまでおつき合い下さり、 温かいエールを贈ってくださった川口先生、ほんとうにありがとうございました。