No.42 マンション利回りを見る視点



 近年、不動産に対する見方が所有から利用へと移り変わる中で、住宅に関しても収益性を重視する声が高まってきた(※注1)。 経済雑誌等でも首都圏や関西圏の沿線別、駅別の新築マンション利回りなどの記事を時折目にするようになった。

 住宅購入といえども不動産投資であるから、投資効率を考えることは重要である。 もちろん、これまでも利回りを無視して売買されていたわけではない。高度成長期以降、不動産(土地)は時間とともに必ず値上がりするもので、 売却益(キャピタルゲイン)を含めたトータルの利回りは、常に大きかった。それによって買い換えも円滑に進み、 いわゆる住宅双六(賃貸→分譲マンション→戸建住宅)を進めることが可能となった。 その是非についてここで直接論ずることはしないが、 問題なのは、常にキャピタルゲインを望めるということが、 長い経済成長期の中で、あたかも恒久的な事実であるかのような錯覚(=土地神話)が形成され、 それを疑わなくなってしまったことだ。

 神話が崩れたとはいえ、まだ不動産に対する意識の変革が本当に進んでいるとはいえない。 今こそ、不動産の利回りがあらゆるところで取り上げられ、人々の意識が利回りや賃料に向かうのは良いことであろう。 まったく他人に賃貸する予定がないとしても、潜在的な賃料獲得能力が物件の価値を決める時代に入っているからだ(※注2)。

 しかしながら、経済雑誌等の利回りに関する記事については、注意すべき点も多い。以下、このコラムでは、不動産の専門家ではない一般の方々が記事を参考にするときに、 データをどう見たらいいのか、また、データには表れない注意点などについて解説する。


1.ほとんどが粗利回り表示であること

 一般に言われているマンション利回りとは、粗利回りである。粗利回り("あらり"とか、"グロスの利回り"などともいう)とは、 「年間賃料収入÷価格」で計算したもので、 物件維持にかかる経費は考慮していない。したがって、実際にふところに入ってくる収益を表しているのではない ことに注意が必要である。

 一般に、新築マンションであれば経費は少なく見ても賃料収入の2割程度必要であるから、例えば粗利回り5%は、 実質4%(=5%*0.8)程度に相当すると考えなくてはならない(※注3)。

2.データの多くが現在の静態的な賃料だけを見ていること

 投資利回りを考える時には、保有期間中の全収支を見なくてはならない。現在賃料が高く、表面上の利回りが高い場合でも、 今後賃料下落が見込まれる場合には、利回りも低下してくる。最近のような市場の構造変革期においては、 価格と賃料との関係がアンバランスなことも多く、経済学的な均衡状態にあるとは考えにくいことから、 将来の賃料動向も読みにくいといえる。

 賃料動向を考える視点は、大きく分けて2つある。

 1つはマクロ的な変動で、新築物件の市場賃料水準自体の動向。 もう1つは物件固有の賃料獲得能力の変遷で、老朽化に伴って取れる賃料は年々低下してくるという点だ。

 景気低迷期には、市場賃料水準自体が低落傾向にあり、また個別物件の賃料獲得能力は、老朽化によって確実に低下するから、 賃料は将来にわたって下向きのカーブを描くと考えなくてはならない。

 このようなことを前提にすると、現在のスポット的な利回り表示は、 単なる表面的な利回りであって、ほとんどの場合、正味の投資利回りは、 下記売却価格の問題とあわせて、かなり小さくなると考えた方がよい。

3.将来の売却可能価格を考慮していないこと

 投資利回りは、保有後その物件を手放した時に確定する(手放さない場合でも、 その時々の物件の市場価格によって、それまでの利回りを計算することができる)。 なるべく値下がりしない物件を買うべきだというのは、それがトータルの利回りを大きく左右するからにほかならない。

 例えば「購入時の賃料÷購入価格」が5%だったとしても、投資利回りとして5%を実現するためには、 手放すまでずっと賃料が一定で、空室期間がなく、なおかつ購入価格と同価格で売却できなくてはならない。 もし賃料が低下してゆくのであれば、購入価格以上で売却できなければならないことになる。 そのようなことが可能かどうか。結論は自ずと知れているだろう。

 常識的に考えれば、10〜20年居住した後に売却する場合には、価格は2/3〜1/3以下になることを覚悟しなくてはならない。 投資利回りの計算では、その値下がり分も算入する必要があるのだ。

4.長期修繕計画や修繕積立金が適正かどうか

 マンションは車と同じで、常に適切なメンテナンスを行わなければ、その機能を十分に発揮してくれないばかりか、 資産価値を大きく損なう原因となる。特に水回りや外壁など、十数年で大規模な手入れが必要となるが、 長期の修繕計画や、そのための積立金の設定が適切でないと、円滑にメンテナンスを行うことができない。

 分譲業者は売りやすくするために、修繕積立金を過少に設定し、そのために大規模修繕が必要な時期になって、 積み立て不足により、各区分所有者から一時金を徴収せざるを得ない事態も少なくない。 しかし、このような情報は、あまり購入者には知らされていない。

 もちろん管理組合で、適切な管理費用とそのための専門業者の選定や変更、 適切な修繕計画と修繕積立金の設定など、積極的に関与してゆく必要がある。 その上で、本当に必要な費用や積立金の額を算出すべきである。これらのことが、投資物件としてみた場合の 利回りにも大きく跳ね返ってくる。

5.そもそも新築物件購入は、投資としてはうまみがない

 この点も車と同じだが、マンションは一度人が住むと、その瞬間に大きく価値が下落すると考えた方がよい。 新車よりも新古車を狙う方が賢いように、マンションも、新築ピカピカを購入することほど、 割高なものはない。確かに、まだ誰も座っていないシートに座りたいという願望は理解できるが、 車と家とでは、大雑把にいってもケタが1つ違うのだ。その満足感に対して、高いお金を払うのは自由だが、 ローンを組んでいる場合その分の金利も考えると、とてもバカにできない額を負担していることになる。 投資効率を考えれば、そもそも新築物件購入は賢い選択とはいえない。

 なお、間取りとしては、ファミリータイプよりもワンルームの方が、一般に利回りは高い。 無論、家族で住む場合にワンルームという選択はないが、 賃貸物件として所有するなら一般的に言ってワンルームの方がいい。平米あたりの賃料が高い、 維持管理が容易、回転(入居者の入れ替わり)が早いなどの理由による。

6.借金して購入するとほとんどの場合投資にはならない

 これは言う必要すらないことかもしれないが、意外と理解していない人も多いので、念のためあげておく。

 いくら低金利時代とはいえ、借入の全期間を均して考えると、借入金利は3%台の後半になってくる。 もし、正味の投資利回りが4%であるとすると、借金して購入すると、実質的な利回りは、 1%未満ということになってしまう(但し、全額借入金の場合。実際にはもう少しましである。 借入金利が不動産利回りより低い限り、いわゆるレバレッジ効果が働くので、自己資金利回りは高くなる)(※注4)。 一般に言われているマンション利回りとは、全額自己資金で購入した場合にのみ 実現できる利回りであるということを忘れてはいけない。

 銀行に預金をしても、国債などを買ってもコンマ数%なのだから、変わらないではないかと思うかも知れないが、 リスクの度合いが全然違うから同じ土俵では語れない。参考として、最近、不動産証券化などの進展によって、 不動産のリスクプレミアム(危険を考慮した利回りの加算)は4%内外という認識もできつつある。

7.「地域の将来性」にはいくつもの見方がある

 最近は都心回帰で、足回りのよい立地が好まれる傾向にある。利回りという観点で見た場合、 賃料水準の上昇につながる地域の発展が重要であるが、地域が発展するという意味は、 多くの場合、周辺人口の増加や、商業地化の進展を指すことが多い。 都市の利便性が重視される時代にあっては、それらは好条件かもしれないが、 それが高く評価されない時代が訪れないとも限らない。

 また、一般に利回りの高い地域というのは、居住環境よりも足回りの良さが評価されているために、 そこに永住したいと思う人の割合が必ずしも高くない地域であることが多い。すると、築が浅い時期は良いとしても、 古くなると急速に資産価値が低下する場合もあることに注意が必要である。

 そもそも自分が住むために購入するのであれば、単に利回りの高さだけで選択する人は少ないと思う。 高い投資利回りを実現することが賢い経済行動であるとしても、利回りだけでは測れない トータルとしての満足度(経済学では効用という)を考えるべきことはいうまでもない。 自分の住みたい所に住むのが一番良いわけで、人生に対するビジョンをしっかり持つことが先決であるといえる。 それを踏まえた選択肢の中で、最も投資効率の良い物件を選ぶべきだ。

 ただ、その際に忘れてはならないのは、家族はその人員構成も含めて流動的であり、 一ヶ所に永住する人というのは極めて少ないという事実だ。だからこそ、予期せぬ事態が訪れたときにも、 大きく損をすることがないように、正しく利回りを見る眼を養っておくべきである。

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 以上述べたようなことは、マンション分譲業者は決して話してはくれない(※注5)。 広告やセールストークを鵜呑みにすることなく、購入者が十分に勉強する必要がある。 多くの人にとって、人生を大きく左右するような買い物であるから、このような事実を知らずに 購入するのは、自殺行為になりかねないのだ。

2003年6月29日


※注1:収益性とは、金銭換算できるものだけで計算されるから、心的な満足度とは別次元の問題である。 私は、金銭価値だけで良し悪しを判断するような昨今の風潮は、むしろ貧しい風潮であると思っている。

※注2:「今まで収益性が重視されていなかったのは誤りであり、不動産の価値は収益力で決定されるのが正しい」 という論調が最近当然のように語られているが、そのようなことをしたり顔で発言する主は、本当に経済学を理解してのことなのか、 むしろ私は問いつめたい気分である。収益性のないものに価値はないとする"拝金主義"に、私は賛同しかねるし、 それが正しい経済学の理解であるとも思わない。ここはぜひとも強調しておきたい点である。ただ、評価のプロとしては、 世の中が拝金主義に向かっている以上、それを前提に評価を行う。それが私の仕事だからだ。

※注3:物件価格の下落を減価償却として費用の中で考慮する場合には、実質的な利回りは、さらに2.5%〜3%程度は 低下すると見なくてはならないが、ここで考慮しなくとも、本文3で述べている売却損という形で考慮すれば結果は同じである。

※注4:「住宅ローンは資産になる」などという真っ赤なウソが平気でセールストークに使われている事実を見るに、 私は、あえて「ローン」ではなく「借金」という言葉を使うべきであると考えている。 なお、「住宅ローンは金利という負担(持ち出し)において資産形成に役立っている」という表現ならば、正しい。
 また、月々の支払はこれだけ、という広告は、ほとんどの場合、変動金利で当初5年間程度に適用される利率であって、 全期間その負担で済むわけではない。変動金利というのは、経済状況の変動によってフレキシブルに変更できるからこそ、 今は低率に抑えることができるのであって、借入の全期間にわたる実質的な金利を考えるときには、 固定金利の水準を前提に考えなくてはならない。
 一般に、金利が将来上昇すると見込まれるときには固定金利の方が良い などと言うが、変動と固定の利率の関係は、プロが様々なデータをもとに両者が等価になるように設定しているのであって、 素人がそれ以上の高度な予測ができるとはとても考えられない。結局、どちらを選ぶかは、バクチの域である。
 借入金併用で購入すると、レバレッジが働くから自己資金利回りが高まって、効率の良い投資になるという 説明がされることがあり、それは理屈としては正しいのだが、それだけリスクも高まっているという説明も付け加えなくては ならない。私は、安易にバクチ行為をあおるようなアドバイスは慎むべきであると思っている。

※注5:私は、マンション分譲業者を批判する気は毛頭ない。 第三者的に投資価値を判断すべき立場にあるから言っているに過ぎない。 例えばタバコ屋のおばちゃんが、 「これ1箱吸うと、あなたが肺ガンになる確率は○○%高まりますよ」などと言っては商売にならない。 売る側が売りやすいような説明をすることは当然であり、倫理的に責められるべきでもないと思う。 あくまでも買う側の自己責任なのだから。