No.44 収益還元法をめぐるいくつもの迷信
収益還元法を無批判的に盲信する風潮が強まっている。憂慮すべき事態だ。
何が問題か。
ここでは、収益還元法をめぐって、まことしやかに語られているいくつかの迷信を取り上げ、 一刀両断してみたい。
迷信1:これからの地価は、すべて相場ではなく、収益還元的に個別に定まる。
地価の多極化、個別化が進行している。それは事実だ。すぐ隣の土地であっても、 地上にどんな建物が存在するかによって、収益性が異なるから、不動産価値も異なる。
収益性が、不動産価値を決定づけるファクターである商業地等については、それが正解だが、 他の要因で価値が決まっている土地も多く存在する。例えば戸建住宅地だ。
住宅地であってもアパートや賃貸マンションが存在する場所ならば、その賃料の多寡によって 優劣を比較することはできる。しかし、そもそも人に賃貸することを前提としない住宅地は、 仮に賃貸を想定して価値を算出したところで、購入者がそのような基準で不動産を購入していない以上、 その数字に説得力はない。
今後、住宅地もすべて収益性で判断される世の中にならないとは限らない。 そうなるべきだ、という議論もあろう。しかし、現在のところそうなっていない以上、 不動産の適正価値は、現状に即して評価されなければならない。
迷信2:収益還元法こそが、最も正しい評価法である。
収益還元法は、不動産の効用に着目した評価手法である。効用とは、いわば満足度であるから、 それを利用する人にとっては、納得のゆく価値尺度であるのは間違いない。
ただしそれは、利用者の効用が正しく金銭換算されればの話である。すべての不動産の効用が、 賃料という形で正しく表示されているとは限らないのは、上述の通りである。
また、効用というのはあくまでも利用者側の視点であって、それがそのまま市場において 取引価格として実現することが保証されているわけではない。つまり、収益還元法は、 不動産価値をある一面から見ているのに過ぎない。
収益還元法という一つのテクニックに過ぎないものを万能のように言うのは、滑稽ですらある。
迷信3:直接還元法より、DCF法のほうが高度な手法である。
収益還元法の中には、大きく分けて、直接還元法とDCF法の2つがあるとされている。 しばしば、後者のほうが前者よりも進んだ手法のように言われているが、それは誤りである。
収益還元法とは、将来発生するすべての利益(不動産鑑定用語では純収益)を現在価値に割り引いたものの 総合計が、その資産の価格であるとする考え方である。そして、その考え方に忠実に従ったテクニックが、 DCF法と呼ばれるものだ。つまり、収益還元法イコールDCF法なのである。
直接還元法は、ある一期間の純収益をキャップレート(還元利回り)で割り算するものであるが、 DCF法の算式に、いくつかの前提を置くと、直接還元法の式に変換することができる (このあたりの議論は、拙稿 「DCF法に対する誤解、無理解、過剰期待」をご参照願いたい)。
DCF法を実行するためには、将来の賃料収入等のシナリオ予測が必要であるが、 そもそも未来の予測という人知を超えたことがどれだけできるか。 せいぜい来年は今年と同じか、何パーセント下がるか上がるか、その程度の予測しかできないだろう (確定している数値は別である)。
DCF法は、将来予測をきめ細かく表現できるから信頼性が高いということを主張する者があるが、 来年の賃料は3,200円下がり、その次は5,400円上がり・・・などと独善的な予測を立てたとしても、 そんなものはいわば落書きに過ぎない。それならば、向こう5年間は一定とか、平均すると2%ずつ下落してゆくとか、 そういう予測の方が現実的である。そして、それは直接還元法に置き換えることができるのである。
ただ、DCF法のほうが、評価者の描いたシナリオをそのまま数字で表現するので、見た目には丁寧に見える。 また、算式が複雑そうなDCF法のほうが、高度な手法のように(素人には)見える。 その程度の違いと考えたほうがよい。
迷信4:評価に用いるキャップレートや割引率など、取引利回りデータを集めれば容易に分かる。
収益還元法に用いるキャップレート(還元利回り)や割引率に何を採用すればよいかは、 実際に収益物件が取引された際の取引利回りを眺めればわかるはずだと主張する人がいる。 間違いなく言えるのは、そのように簡単に考えている人は、収益還元法の本質を理解していない人である。
不動産の利回りは、それに対応する収益との関係において選択されなくてはならない。 その収益は安定的なものなのか、一時的なものなのか。今後何年間持続するのか。 そういった収益の性格だけではなく、 その物件の築年数が何年で、どんな設備を備え、どんな管理がなされ、 どんな場所に存在しているか。また、 取引時における建物と土地の価格の比率もわからなくてはだめだ(利回り算出のテクニック論については、 本稿のレベルを超えるので、あえてここでは述べない)。
このように多くの項目が判明して初めて、比較ができるし、また物件間の格差を どうみるかの指針(具体的には、格差を数値で表すこと)も必要だ。
ゆで卵の値段を知るのに、生卵の値段を調べただけではダメだ。両者の間にある関係がわからなければ、 答えは出てこない。
迷信5:不動産鑑定士は、収益価格を軽視している。
上で述べてきたように、収益還元法を意味のある手法とするためには、 多くの数字を必要とし、またそれぞれについて、客観的な裏付けが必要となる。 もし、数字の選択がいい加減なのに、手法を実行したとすれば、それは数字遊びに過ぎない。
我々不動産鑑定士は、そのような危険を身に染みて分かっているので、 常に客観性というものを大切にする。 もし、説得力のある数値を集めることができれば、その手法は重視すべきであるし、 そうでなければ、重視できない。これは、なにも収益還元法に限ったことではない。
過去、不動産鑑定では事例比較偏重だったと批判する者が多いが、 それは不動産投資を行う人たちが、周辺の取引事例を横目で見ながら売買していたから、 そういう取引実態に即して評価しなくてはならなかっただけのことである。
なお、当サイトの掲載論文を見ていただければ分かるが、私は、 収益還元法の啓蒙にひときわ熱心であり、個人的にはとても重視している。 重視しているがゆえに、いい加減なことはしたくないのである。
迷信6:時代はDCF法から、ダイナミックDCF法に変わりつつある。
中身を知らないのに、新しいものを手放しで歓迎する風潮がある。 なにやら金融工学という難しそうな理論を使っているから、ダイナミックDCF法は 高度な手法らしい。ほとんどの人が、その程度の認識しか持っていないのではないか。
ダイナミックDCFは、評価に確率論を持ち込んだもので、確かに複雑な数学を使っている。 しかし、その理論の中には、いくつかの仮定を置いているため、すべてが現実に符合するとは限らない。
また、高度なことをやろうとするときに、最も大切なことは、そこに投入する客観的な情報を集めることだが、 今一番求められているのは、投入する情報の整備である。
確かにダイナミックDCF法は、今までのDCF法の至らない部分を補おうとするものではあるが、 その理屈を正しく理解していない人には使えないし、1回1回の評価で使うのには、多大な労力を必要とするので、 現実的ではない(それを表計算ソフトで最も簡単にやろうと試みたのが、拙稿 「スプレッドシートを利用した簡易型モンテカルロ・シミュレーション によるダイナミックDCF法」である)。
迷信7:収益還元法は、難しい。
何十乗という複利計算をしなくてはならない、という点では、確かに一般の方には難しいかもしれない。 だが、その考え方の基本は、上記迷信2や3で述べたように、利用者の利益を数字で表そうとするものである。
例えばあなたは、なぜ120円払って缶ジュースを買うのか。缶ジュースから得られる満足度を、 少なくとも120円以上と評価しているからだろう(このあたりの噛み砕いた話は、 「DCF法のタテマエと本音」をご参照いただきたい)。 これを不動産に置き換えたものが、収益還元法と思えばよい。
このような考え方を理解することが大切で、複雑な計算はプロに任せてくれればいい。 我々不動産鑑定士に課せられた使命は、そのために必要な技術と情報の整備を進め、 さらに収益還元法を初めとする評価テクニックが、正しく用いられるように啓蒙することだと考えている。
2003年10月13日