No.46 [緊急提言] 不動産取引価格情報は完全公開せよ



 不動産取引価格に関する情報を、購入者が登記時点で届け出る制度を、 国土交通省が法制化する方向で進めているとの報道が、今般なされた。 つまり、土地や建物をいくらで買ったのかの申告を義務づける制度だ。

 不動産価格の評価を専門とする不動産鑑定士の立場から、 この案に関して、意見を述べておきたい。


 私の意見

・取引価格を公開するという国土交通省の方針に、基本的に賛成である。

・但し、今回発表されたような「丁目ごと」の公開には反対である。開示するなら、 場所(地番)が特定できる形での公開でなければ意味がない。

・「丁目ごと」の公開では真の情報提供とは言えず、むしろ百害あって一利なしである。 言いかえれば、「丁目ごと」の公開が、不動産情報の透明性を高めることにはつながらない。 従って、このような形での公開はやめるべきだ。

 改めて今回報道された内容を説明すれば、次のようなものである。


 不動産の購入者は、それをいくらで購入したのかという情報を、登記所に登記申請するときに 同時に申告する。
 国は、この情報をとりまとめて、どの不動産か特定できない状態(「丁目などの単位」)で、 公開する(提示された3案のうちのB案)。
 所在地が特定できる形での公開は、将来的な課題として引き続き検討する。


 情報を公開することによって、国民経済に資するという基本思想は、全く正しい。 従って、これまで公にされていなかった不動産取引価格情報が白日の下にさらされる状況自体は、 国民にとって好ましいものといえる。

 ただ、問題は、公開される内容である。

 個人のプライバシーに配慮して、取引当事者の氏名や属性などの情報が秘匿されるのは、 当然のことといえる。だが、プライバシーに過度に配慮するあまり、不動産が特定できない形での公開では、 ほとんど実益がないと言ってよい。

 例えば、同じA市B町C丁目において取引された土地価格でも、ある土地は坪単価150万円、 別の土地は坪単価60万円ということは、当然ありうる。

 なぜそんなに違う価格なのか。もし、場所が特定できれば、一方が幹線道路沿いで、 もう一方が細街路の住宅密集地だったというような事実がわかり、その謎が解ける。 しかし、場所が特定できなければ、同じ町内で、150万、60万、48万、102万・・・などと 様々な事例が出てきて、参考になるどころか、混乱をきたすだけである。

 土地だけでもそうなのに、これに建物が加わり、更には一部借地、区分所有、 地役権付着・・・など不動産取引内容には実に様々なものがある。 これらの開示がなければ、情報を公開したことにはならないのである。

 今般報道された「B案(丁目ごとの開示)」は、いわば、開示の名を借りたごまかしであり、 単なるポーズに過ぎない。これでは、本当に国民の利益を考えてのことなのか、との非難を免れない。

 私は、不動産鑑定士としての立場及び一般国民としての立場で、 A案での公開(地番を特定できる形での開示)を強く支持する。

 そうでなければ、真の情報提供ではなく、 国民の利益にはつながらないからだ。中途半端に公開することは、混乱を惹起するという意味で、 むしろ公開しないよりも悪いことだと言いたい。


 この件に関して、朝日新聞は、『価格情報の収集が業務の中核である不動産鑑定士にとって、 公開は深刻な問題だ』(2003,11,29付・朝日新聞土曜版「be on saturday」b3ページ)と書いている。

 「価格情報の収集」が不動産鑑定士の業務の主要な一部であることは事実だが、 情報を集め、保有し、抱え込むことが業務なのではない。情報収集は、我々の業務のスタートラインなのであって、 そこから先が、専門領域なのである。従って、取引価格情報が完全な形で公開され、入手しやすくなることは、 我々にとって好ましいことなのである。

 私は、「公開が鑑定士にとって深刻な問題」と書いた新聞の見識を大いに疑う。訂正していただきたいと思う。

 もし仮に、「取引価格情報を公開されては困る。秘密の情報を持っていることが我々の旨味だ」 などと主張する鑑定士がいたとすれば、いずれ淘汰されるに違いない。

(これは、ひとり鑑定士だけの問題ではなく、 宅建業者やその他の不動産関連業界、あるいは他の業界においてもみな同じである。 "とっておきの情報"のみを武器にするような商売は、やがて廃れるであろう。 そういうところで商売をしている業界あるいは人間は、意識転換を迫られているのだ)

 私の考える不動産鑑定士の役割とは、不動産市場の分析者であり、 その主要な業務は、不動産情報の「解析」と「加工」である。 「解析」とは、情報の語る声(真意)を読みとって世間に分かりやすく翻訳することであり、 「加工」とは、情報を集約したり言いかえたりして、世間により伝わりやすくすることである。

 そのためには、情報はありのままの形で、できるだけ多く入手できることが必要であり、 それを特定の人間にだけ偏在させることは、究極的には誰の利益にもならないことである。

 完全公開されても、複雑な権利関係や取引当事者の様々な思惑の存在など、 不動産情報を解読するためには専門知識が必要であることに変わりはなく、むしろそのためにこそ、 不動産関連業界は存在するのだといえる。

 以上のことから、私は、不動産取引価格情報の完全公開を求める。

 国土交通省には、一日も早くそのような形で公開できるように、整備を進めていただきたいと思う。 完全公開こそが、今回の議論の出発点であったはずなのだから。

2003年12月3日