No.51 不動産をめぐるメディアの論調に注意せよ



 この1ヶ月ほどの間に、地価やマンション価格に関する雑誌記事が相次いだ。東京都心を中心に、 不動産価格の上昇が目立ってきたためだ。


「地価−13年ぶりの動意」(週刊金融財政事情 2004年5月31日号 / 金融財政事情研究会)

「不動産『底値買い』の勝算」(週刊東洋経済 2004年6月12日号 / 東洋経済新報社)

「地価総予測」(週刊ダイヤモンド 2004年6月19日号 / ダイヤモンド社)

「泣きみないマンション」(Yomiuri Weekly 2004年6月27日号 / 読売新聞東京本社)


などが、それである。

 不動産市場の今を伝えるという意味で、このようなタイムリーな記事はとても有益である。 しかし、これらの中には、注意して読むべき部分が少なからずある。

 マスコミの論調というのは、ある一面だけを大きくクローズアップし、他を覆い隠したり、矮小化したりということがよくある。 特に大衆雑誌は、専門知識を有しない人たちに向けたものであるから、ともすると誤った知識を広めることにもなってしまう。

 世情が大きく変動している時代には、情報を受け取る側の選別能力が重要となる。


 以下では、上記各誌の中で気になった記事を指摘してゆきたい。


1.「不動産『底値買い』の勝算」(週刊東洋経済 2004年6月12日号 / 東洋経済新報社)における注意点

(1)「個人富裕層が走る都心ビル1棟買い」という記述の中で、 最近は個人による不動産投資が活発化しており、基本的には低金利やペイオフ対策が主眼であるものの、 リスクに対する認識度が高く、「値上がり益よりインカム(賃料利回り)重視であることが根本的にバブル期とは違う」 とある(同誌32ページ〜33ページ)。

 賃料収入を重視した不動産投資行動というのは、確かに昨今定着しており、キャピタルゲイン狙いよりも、 着実な投資行動ではある。バブル期とは違う行動だというのも、間違いではない。

 ただここで気をつけるべきなのは、賃料重視=収益還元的思想=安全という、単純な構図である。 最近、"不動産市場は収益還元での価格評価が定着してきたから健全になった"、などとするステレオタイプな主張が 横行しているが、この論理には注意しなくてはいけない。

 新聞や経済雑誌を中心に、猫も杓子も"収益還元"を繰り返すが、その中身をよく読んでみると、 現在のスポット的な賃料収入を、根拠薄弱な還元利回りで割り算しただけのものを収益還元価格と称して、 あたかもあるべき理論値であるかのような扱いをしているものが多い。

 いくらインカム重視といえども、現行の賃料が今後どうなるのか、その物件に対する需要構造や、 相対的競争力、空室の危険など、賃料の今後の趨勢を多面的に考察して収入の安定性を見なければ、 説得力のある収益還元価格を考慮したことにはならない。

 賃料そのものにもバブルはあり得るのである。一般にその認識が希薄であると思う。


(2)上記に関連して、「『バブル再来はない』事業性重視の価格形成へ」という記述の中で、 大手不動産会社の役員らが、「バブル期のような不動産価格の暴騰は考えにくい」などと言い、 これを受けて「不動産は本来、本当に必要な(もしくは必要とされる)物件を安く買ってこそ価値が出る。 バブル期には必要性のない土地までもが値上がり期待だけで大量に売買された」と書いている(同誌34ページ)。

 確かに多くの人たちが、バブルに踊り、泣き、そして学んだ。だから、当面、同じ轍を踏むことはないだろう。 しかし、必要なものを買っているのだから踏み外すことはない、という無邪気な盲信にもまた、何の根拠もない。

 "必要"という意味は何なのか。それを厳しく吟味しなくてはならない。需要がひっ迫すると、 "必要だから高くても良い"という論理になる。例えば昨今の表参道の家賃は、本当に長期的に見て適正なのか。 それを見誤ると、またバブルと同じことになる。歴史は何度も繰り返すのである。


(3)さらに、外資の大手投資家がハイリターンをたたき出している仕掛けとして、 レバレッジ効果を上げている(同誌35ページ)が、これなどは、バブル的思想そのものである。

 レバレッジ(てこの意)とは、低い金利で借入金(モーゲージ)を調達することによって、自己資金(エクイティ)部分の 実効利回りを上げるテクニックだが、もちろん、投資においてレバレッジを効かせるというのは、基本的で有効なテクニックである。 しかし、借入比率が高まれば、投資リスクも高まるという点を絶対に忘れてはならない。

 記事では、この外資系企業が投資の8割を2.0%〜2.3%程度(!)のノンリコースローン(*1)で賄っているから 不動産に「4%に近い収益率があれば十分利ざやが抜ける」としているが、そんなことは他の一般の投資家には不可能であろう。 信用力という意味においてもそうであるし、リスク負担能力という意味においてもそうだ。

 こういうことが、あたかも一般論のように語られてしまうのは大いに問題である。


2.「地価総予測」(週刊ダイヤモンド 2004年6月19日号 / ダイヤモンド社)における注意点

(1)「地方都市の公示地価は収益価格に比べて高止まり」という記事では、 「地方のオフィスビルの賃料は年々低下している。当然、収益性で見た地価は低くなる。 それなのに、公示地価は高止まりしたままで、収益価格との乖離は年々拡大している」(同誌35ページ)とある。

 記載されている地方都市のオフィス賃料は、2002年、2003年、2004年と、年を追うごとに、 確かに水準は低下している。が、ここで問題なのは、この賃料をベースに各地の収益還元価格をある証券会社が試算しているのだが、 採用している還元利回りに関する説明が、「日本不動産研究所による不動産投資家調査を参考に設定」とされているのみで、 詳細が不明であることだ。

 還元利回り(キャップレート)というのは、建物の用途やグレードあるいは立地条件等によるリスクの度合いによって大きく異なる。 しかも、この記事の中で、例えば札幌の還元利回りを、7.5%、8.0%、7.8%と年ごとに微妙に変えていることには大きな疑問を差し挟む余地がある。 リスクの変化を見たのだと説明されるのだろうが、それならば、他の都市(但し、広島を除く)は3年間ずっと同じ利回りを使っていることとの 整合性をどう説明するのか。

 世の識者あるいは情報通に、"収益還元法=正しいもの"というような単純な図式が信仰されている現状においては、 このような数字は絶対的なものとして受け取られてしまう危険をはらんでいる。そもそもなぜ6%や9%ではなくて7%や8%なのか。 収益還元法では、そこが一番大切なのである。この記事の収益価格は不当に安すぎるかもしれないし、高すぎるかもしれないのである。


(2)「ミニバブルにわく表参道」という記述の中で、"業界関係者"の声を次のように紹介している。

「表参道の地価は上がることはあっても、下がることはない。不動産にしっかりした借り手がついている以上、 これはバブルではなく、健全な市場が活発に動いているだけだ(*2)」(同誌37ページ)

 "しっかりした借り手"とは誰か。その借り手の事業リスクを把握しきれているのか。 その借り手の顧客の消費行動の今後の見通しはどうなのか。 賃貸市場のひっ迫で一時的に賃料が高騰しているのではないのか。そういう懐疑的な視点が必要なのに、 完全に欠落している。これを浮き足立っていると言わずして、何と言おう。

 ただ、ここは同誌も"表参道バブル"の語を使い、暗に警告を発してはいる。当然であろう。


(3)浦安地区のマンション市場が堅調であるという記事の中で、 「新築マンションは買ったその日から価値が大幅に下がるというのが常識だったが、 湾岸地域にはもはや当てはまらない。『もう大幅に下がることはない』と二軒目、 三軒目を投資用に買う人たちも増えていますよ」という地元の仲介業者の声を紹介している。

 これが現在の実態なのだろうが、今後もこれが続くと思ってはならない。 上がることがあれば、下がることもある。それが鉄則だからだ。羮(あつもの)に懲りてなますを吹き過ぎたからといって、 それで感覚が鈍って、また無防備に熱いお茶で火傷しないことを祈るばかりである。


(4)地方都市に関する記述で、「大阪は厳しい。数年後には大阪は名古屋にも抜かれる」という証券会社のアナリストの 発言を載せている(同誌35ページ)。 これを裏付けるように、大阪府と愛知県の人口、1人当たり県民所得、製造品出荷額、有効求人倍率等の数値を比較し、 いかに愛知県が上回っているかを説明している(同誌46ページ)。

 都市の拠点性や、そこにおける人々の行動半径等を考えれば、大阪という都市の影響力は、 大阪府内だけに留まるものではない。兵庫県南部や京都府南部、奈良県北部、和歌山県北部等も含めて考えなくてはならない。 それと同様に、名古屋も岐阜県南部や三重県北部にも影響力がある。これらを考え合わせて経済規模を比較しない限り、 正しく比較したことにはならないはずである。単純な都道府県単位の比較は意味をなさない。

 名古屋が元気であるのは事実だが、特定の大企業と公共事業に支えられた好景気に本当に持続性があるかどうか (トヨタ、万博、セントレアの3つがなかったら、と考えてみればいい)。 一方、凋落が目立つ大阪経済ではあるが、企業の数とこれまでの蓄積を考えれば、同誌の言うように簡単に名古屋が抜き去ってゆくのかどうか。 くれぐれも短期的な動静に翻弄されてはならない(*3)。

2004年6月25日


*1:ノンリコースとは、わかりやすく言うと、担保不動産の価格以上には 返済を要求しない形の融資である。まかり間違っても、一般人であるあなたが金融機関に行って 「住宅ローン、ノンリコでお願いします。金利は3.5%で」などと言わないように。殴られます(笑)。

*2:世の中が変化の過程にあるときに、その変化を積極的に肯定したい人々が好んで使うフレーズがある。 「この変化はこれまでとは違う。同じ過ちなど繰り返すわけはない」と。
 これは、「戦争など誰も望むはずはない。平和のための防衛であり、派遣だ」というような"正論"が まかり通っている昨今の政治状況にも見て取れる。正しそうな意見ほど、疑うべきなのである。

*3:現状の経済成長力を比較すれば、確かに記事には説得力がある。 しかし、この点に敏感に反応してしまうのは、現在私が関西人であるから。ぼやきと思ってご容赦いただきたい。