No.53 過ちを繰り返すな



 2005年の地価公示(*1)が発表になり、東京や名古屋などをはじめとして、 全国の大都市での地価の上昇傾向が報じられた。

 もちろん大都市といえども、全般的に地価上昇しているわけではなく、都心の一部に限られた現象で、 俗に言う「勝ち組・負け組」(*2)の格差がさらに開いているというのが実情だ。

 近年の地価上昇に対しては、「ミニバブルだ」「いや、実需だ」といった議論が色々なところで展開されているのだが、 表層的な発言が多いように思う。

 特に、「今の地価上昇はバブル期とは違い、収益還元に裏付けされた実需買いだから盤石だ」といった発言が目立つことに、 私は大いなる危惧を抱いている。

 人類の歴史は、いつでもそうやって過去を否定し、 人間は進化しているのだから同じ過ちを犯すはずがないという無邪気な盲信のために、 何度でも同じことを繰り返してきているのだ。 あんなに愚かなバブルを経験したのにもかかわらず、またぞろ同じ轍を踏もうとしているように、私には見える。

 No.51でも書いたが、 「収益還元で価値を弾いて投資しているから大丈夫」などと発言する人が、伝統ある大手不動産会社のお偉方などにも少なくない。 百戦錬磨で厳しい投資の現場を渡り歩いてきた人たちが、経済の現状を厳しく見据えた上で収益還元価値を弾いているのなら信頼もできるが、 そもそもそういう現場第一線の人たちは、楽観的な発言を公的にするはずがないのである。彼らは、もし市場が本当に楽観視できる状況であるのなら、 その時は黙って金儲けに徹する(そういう状況は数年前に終わっていると私は思う)はずだからだ。

 当サイトで本当に繰り返し述べてきているのだが、今こそ「収益還元」の危うさに、気づくべきなのである。

「収益還元で投資しているから大丈夫」と言う方には、次のようにいくつか質問してみたい。


・賃料相場の現状と今後の動向について、どこまで分析していますか。

・今後、稼働率がどう推移するかについて、どれだけの資料をもって予測していますか。

・商業ビルであれば、顧客動向であるとか、競合他社の戦略などについて、どこまで読んでいますか。

・トレンドの変化に伴う建物の陳腐化リスクに備えはありますか。

・キャップレートは何を根拠に設定していますか。それが今後も持続するとお考えですか。

・先行きの金利上昇は織り込んでいますか。それと不動産の利回りとの関連を考えていますか。

・将来のインフレ率(マイナスも含め)をどのように予測していますか。


 言いたいことはいくらでもあるのだが、不動産市場の分析は、経済の分析なのである。 収益還元とかDCFといった耳障りのいい言葉が、単に現在のスポット的な収益を見ているだけの子供っぽい手法を指しているとしたら、 危険極まりない。実需というけれど、その需要の継続性、安定性を読むことが、一番大切なのである。

 私の活動拠点は関西なので、大都市圏の中では、今まだ一番落ち着いている所かもしれない。 だが、東京では既に3%台の利回りも、などという話も聞こえてくる。 経済雑誌などでも以前から指摘されているが、自分さえババをつかまなければいい、売り抜けた者勝ちという状況であろう。 「調達金利が低いから大丈夫」という意見は、あまりにも近視眼的である。

 大阪でも近年、都心部商業地のビル跡地にタワーマンションが増えている。 売れ行きが良いこともあり、それによって都心の地価が上昇するから好ましいといった意見もある。

 昨年秋、私は、大阪・朝日放送のニュース番組から取材を受けた。 タワーマンションの増加で都心が活性化し、地価を押し上げるのではないかという主旨だったのだが、 その番組で私は、完全に否定的な意見を述べた。

 ビル跡地がマンションになるのは、オフィス需要が減退して地価が大幅下落したから住宅用途でも採算が合うようになったためであって、 本来なら商業用途のほうが収益性がいいはず。また、タワーマンションが一棟できたくらいで地域のポテンシャルがそれほど上昇するとも思えず、 住民たちはどうせ既存の商店街とか繁華街にお金を落とすのだから、新たに大きな需要を生むとは考えにくい。 そういったことが、主たる理由である。

 仮にマンションラッシュで地価上昇が起こったとしても(現に、マンション建設が盛んな地区では、地価上昇地点も見られる)、 それは開発業者の血の出るような競争の末の現象であって、いつまでも続くとは思えない。 そのうち中小業者がバタバタと倒れる時が来るのではないかと、私は危惧している。

 優良住宅地と言われるエリアでも、既にマンションは供給過剰気味であり、ちょっとでも条件が悪いと、 いくらブランド地名があっても売れ残るというのが、実態だ(*3)。売れ残りをさばくために、 水面下で大幅値下げが行われているというのも、今や公然の秘密を超え、広く知られた事実だ。この状況が高じれば、 中古マンションなど暴落する。

 止まれば倒れる、文字通り自転車操業の業界実態がある一方で、確かに賢い計算に基づいて不動産投資を行っている一派もいる。 世論は、良いところしか見ていないから、収益還元に基づく投資=堅実=安泰といった風潮があるが、 そういう一括りの議論ほど危ういものはない。

 賢い投資とは、できるだけ安く買うことであるから、賢い投資家が地価上昇をもたらすことはない。 価格の上昇をもたらしているのは、いつの時代も愚かな投資家なのである。

 地価上昇が明るい未来を示すかのごとく報道されている今だからこそ、「過ちを繰り返すな」 と、私は叫ばずにいられないのである。まだ入口にいる地元関西の人たちにだけでなく、相当先に行っている東京の人たちや、 そもそも泡がそんなに大きく膨らむ余地があるとも思えない名古屋の人たちに対しても、である。

 これが杞憂に終わってくれるのが、一番いいのだが。

2005年3月29日


*1:当サイトの常連読者の皆さんには説明不要と思われるが、地価公示とは、 全国3万数千地点の1月1日時点の地価を、国土交通省・土地鑑定委員会が調査、公表しているもの。 評価は全国の不動産鑑定士に委嘱されている。今年は、全国平均では14年連続下落を示したものの、 その下落幅は縮小し、特に3大都市圏では商業地、住宅地ともに、地価上昇地点が急増した。
 ところで、私も大都市圏在住の人間であるわけだが、こういった報道を、地方圏の皆さんはどういった思いで 受け止めているのか、そのことのほうが気になる。

*2:単純な二分法は、私の最も忌み嫌うところであるが、昨今はどうも「勝ち組・負け組」といった 2つに色分けすることがブームであるようだ。そんな区分けが人間を幸せにするとはとても思えないし、 「勝ち組」といって喜ぶことほど、下品なことはない、と思いませんか?
 とはいえ、不動産が優良なものとそうでないものの2極に分かれつつあるのは事実。 それだけお金が回っていないということである。
 お金を回すためには、良いモノを作るか、悪いモノでもだまして買わせるかのどちらかしかないが、 良いモノを創造する手助けをしようという気が政治にないうちは、真の景気回復などあり得ない。 民間で競争しろ、痛みに耐えろしか言わない政治の現状では、元気など出るはずがない。

*3:私がホームグラウンドとして仕事をさせていただいているエリアでも、 住宅地がかなり高い坪単価で売れたり、そのために業者の仕入れも強気だったりという実態が以前からある。 金余り状況の中で優良住宅地の地価が下がり続けた結果としては、容易に予想できたことではあるが、 それを「実需」といっていつまで喜んでいられるのか。
 高度経済成長からバブル期までと、今との大きな違いは、前者が国民全体の底上げによって 需要にも厚みがあったのに対し、後者(現在)は成熟経済の下で総需要そのものが不足しているために、 カネが天下の回りものではなくなりつつある(庶民には回ってこない)ということだ。 しかも、「構造改革」というサプライサイドの調整が優先の状況では、力強い景気拡大など望めない。
 私は、多くの経済人が未だに口にするような、拡大第一の「永久成長神話」みたいなものにはむしろ反対の立場であるし、 人間の幸福ということを最優先に考えれば、刹那のマネーゲームにはとても賛成できないのである。
 実際に財布を開いて高価な買い物ができる人の数がどれだけいるのか。今後増えてゆくのか減ってゆくのか。 小さなパイの取り合いで真っ先に傷つくのはどんな地域、どんな会社、どんな人たちなのか。 そう考えれば、昨今の状況をとても手放しで楽観視できないのである。