No.59 バブルではないと言いつのる人々

〜週刊ダイヤモンド2006年12月23日号の記事にみる論理のまやかし〜




 先頃発売された「週刊ダイヤモンド」(ダイヤモンド社)12月23日号で、「地価狂乱!」 と題して、昨今の不動産市況の過熱ぶりが報じられている。

 この中で、地価高騰を容認するメカニズムとして収益還元法に関する記述があり、 その内容には見過ごすことのできない部分が多々ある。 当コラムでは、その問題点を指摘したい。


1.収益還元法とバブルの判断について

 記事では、「収益還元法」で一変! 物件価格決定の仕組み と題して、 昨今の不動産価格高騰の背後にある価格決定メカニズムを説明している。

 紹介されている算定式自体は、不動産鑑定士が日常用いているオーソドックスな直接還元法なのだが、 最も肝心な、採用する数値をどう選ぶかについて、随所でいい加減な説明が繰り返されている。

『現在の日本の長期金利水準は約1.6%。投資リスクに見合う上乗せを考慮すれば、 キャップレートは最低でも3%以上は必要だ。とりあえず、この3%をバブルの境界線として考えよう。 3%を割ればバブル、4%以上ならそこそこ好条件といえる。』(36頁)

 何%以下を異常低利回りと呼ぶべきなのか。実はこれが一番大切なのに、 詳細な検討もなく『とりあえず』3%をバブルの境界線とし、これを前提に論を進めている。乱暴きわまりない。


 これに関連して、ある投資ファンドが2000億円で取得した丸の内の物件について、次のような記述がある。

『このビルから得られる年間収入が60億円ならキャップレートは3%、 80億円なら4%となる。つまり、年間収益が80億円得られるなら、 2000億円という値段は高くもなんともないわけだ。』(36頁)

『すると、2000億円で買ったビルの年間収入が80億円として、 仮に賃料を40%値上げしたらどうなるか。年間収入は112億円となり、 投資額2000億円に対するキャップレートは5.6%に跳ね上がる。』(同頁)

『「収益還元法」というロジックがある限り、買値がいくら高くても、それはバブルとはいわない。』(同頁)

 このビルの年間収益は本当に80億円あるのだろうか。 『80億円得られるなら』とあくまでも仮定形で書かれているところを見ると、実態調査は行っていないのだろう。

 そして、更に話を進めて、『仮に賃料を40%値上げしたら』と、 一層無茶な仮定を重ね、その場合『キャップレートは5.6%に跳ね上がる』と結論づけている。 これほど根拠のない数値を並べ立てるのは、無責任というほかない。

 最後の『収益還元法というロジック』云々のくだりに至っては、 近年様々なところで見受けられる、収益還元法を自分勝手な論理の正当化手段として用いる論調の典型であり、 収益還元法という評価手法への冒涜とすら言える。


2.期待利回り格差表について

 新常識 不動産価格は「投資利回り」で決まる! として、 キャップレートの算定方法を示しているが、その中で、 地域や各物件のもつ条件によっておおよその利回りが算定できるように、 「期待利回り格差早見表」が提示されている。日本橋4.2%、西新宿4.3%、 名古屋市4.9%、大阪市4.9%など、近時の取引利回りの平均値と思われるベースの数値が示され、 これに、最寄り駅から徒歩5分以上なら+0.3%、築年数5年以上10年未満なら+0.2%、 フリーアクセス床でないなら+0.4%といったふうに、 格差率も示されている。

 こういった格差率表は、不動産鑑定士の間でもしばしば用いられているものだが、 ここで一番大切なのは、例えば0.3%とされているのが、何故0.2%でも0.4%でもなく、 0.3%が正解なのかという理屈づけである。

 評価を生業としている我々不動産鑑定士は、その0.1%に重い責任を負わされているのであり、 そこで説得力のある説明ができるか否かで、力量が問われる。 私が「思想としての収益還元法と現象論としての収益還元法」で、 取引利回りを分析するなら多数データを用いて客観的な格差率を探るべしと の趣旨で、ヘドニックアプローチによる利回り推定方法を提示しているのはそのためである。

 この記事のように「格差率表」だけを提示してしまうと、これが普遍的なものであるかのごとき印象を与えかねないので、 たいへん危険である。


3.大手不動産会社社長の言い分について

 記事の中に登場する日本を代表する不動産会社の社長は、現在の市況を「バブル」ではないのかと 問われたのに対し、『バブルとの認識は持っていません』として、次のように述べている。

『現在の不動産価格形成は、立地や物件の特性・収益性能を考慮して算出する「収益還元」 に基づいた合理的なものであり、透明性の高い情報開示、リスク・リターン分析に基づく 投資家サイドの投資判断など、マーケットメカニズムも機能していると見ています。
(中略)
 土地神話を背景にした値上がり益目的の投資ではなく、いわゆるバブル期とは質的にまったく 異なるものであると理解しています。』(37頁)

 申し訳ないが、上記の発言を読んで私が思ったのは、 これこそ収益還元法というものをわかっていない人間の典型的な発言だなあ、ということであり、 強い怒りすら覚えた。言い方自体はカッコ良く、専門的に見えるが、 何も説明していない浅薄な発言に過ぎない。

 『立地や物件の特性・収益性能』をどのように考慮するのか、まさにそこが大事なのだが、 そこがブラックボックスになっている限り、収益還元法に説得力は生まれない。 きっと、うちはちゃんとやっているよ、と言うのだろう。 本当にちゃんとやっていてくれればいいが、残念なことに、皆が皆しっかりした判断をしているとは、 現在の状況を見ている限り、とても思えない。

 『リスク・リターン分析』などと、もっともらしい言葉を持ち出す御仁に対しては、 少なくともマーコヴィッツの理論(平均・分散アプローチ)をちゃんと理解した上でリスクという語を用いているのか、 問い詰めてみたい。ファイナンスの教科書の最初のほうに出てくる、 そのような初歩的な理論に対する理解もないとしたら、安易にリスク・リターン分析などと言って欲しくない。


4.今後の不動産市場の需給関係に関して

 今後の不動産市況について、次のような説明がある。

『異業種参入も相まって、不動産市況が引き続き活発化するのは確実だ。
 低金利継続が前提だが、需要面、供給面でそれぞれに「強気」の材料もある。』(39頁)

 需要面は、海外の大手投資家や、国内の機関投資家が今後も豊富な資金を背景に、 運用の一環として日本の不動産を買い続けるとし、供給面は、上場企業の土地売却が相次ぎ、 不動産の所有と分離が進むであろうと説明されている。

 特に見過ごせないのは、『低金利継続が前提だが』と、 さらっと流している部分だ。

 もう既に金利は上昇トレンドにあるが、 これまでのような政策低金利が今後も長期に継続することはあり得ないことで、 今後もっと上昇してゆけば、 株価や不動産価格には下げ圧力がかかることは必定である。

 企業の土地放出が相次ぐという事実も、つい数年前までは、 「だから地価は上がるはずがない」という論陣を張る際の根拠として用いられていたはずだ。 もちろん、不動産のオフバランス化が進み、流動化が促進されていることは事実だが、 金利が急激に上昇すれば、立ちゆかなくなる懸念は十分にある。 その点を覆い隠して楽観的な材料だけをあげつらうのは、無責任である。


5.賃料に関する認識

 銀座や表参道の地価高騰に関して、次のような記述がある。

『現在の銀座、表参道の地価高騰がバブル時と異なるのは、 理論的な「収益還元法」の裏づけがあることだ。
(中略)
 銀座で名の知られた大通りでは今、軒並み、月額の坪当たり賃料が10万円を超えている。 なかには、20万円を超える物件も相当数あり、珍しいものではなくなっている。』(41頁)

 現在の状況としては確かにそうかもしれないが、肝心なのは、この賃料水準が本当に適正なものなのか、 現在は適正であったとしても、いつまでそれが持続できるのか、である。 もし、現在の状況がずっと続くとの楽観的な予測の下に「収益還元法」が適用されているなら、 それこそがバブル的発想である。キャピタルゲインさえ狙わなければバブルではないなどというのは、 あまりにも幼稚である。


6.不動産のリスクプレミアムについて

 上場REITの配当利回りについて触れた部分で、全銘柄の平均配当利回りが現在4%前後の水準に なっていることに関連して、次のような記述がある。

『現在の長期国債利回りは1.6%程度。投資家がリスクを取る対価として要求するリターンの上乗せ (リスクプレミアム)を2%とすれば、最低でも3.6%程度の配当利回りは必要となる。 現在の水準はすでに「危険水域」に近づきつつあるわけだ。』(49頁)

 警鐘を鳴らしていること自体は良いが、問題は、リスクプレミアムを2%としていることだ。

 確かに日本以外の先進諸国の中には、無リスク金利とのスプレッドがもっと小さい国や地域も存在する。 記事でも、『東京のオフィスビルはいまだに2%前後だが、ロンドンやニューヨークはゼロを割り込んでいる』 (58頁)と指摘している。

 無リスク金利とのスプレッド(開差)の大小には、その経済において、 不動産が投資対象としてどう見られているかが現れるものだが、 その数値自体、常に変わるものなのである。 まさに、それぞれの経済環境下における投資対象としてのリスク分析が必要と言える。 もう既に「危険水域」どころか、完全に異常な水準にまで低下しているのかもしれないのだ。

 上場REITはまだ良いが、プライベートファンドの中には、 もう不動産だけでは利回りが確保できないからといって、株式投資に手を出しているところもあると聞く。 本末転倒も甚だしい、危険きわまりない話である。


**********

 以上のごとく、この雑誌の記事では、 一部で警鐘を鳴らしつつも、全体的には収益還元法という「魔法の杖」を隠れ蓑にして、 現在の市況を肯定する論調となっている。

 どんなに市場が危険な状況であったとしても、 投資はまさに自己責任で行われるべきものなので、 異常と思われる高値で取引が行われようが、傍からとやかく言うべきことではないかもしれない。

 しかし、多くの人が目にする経済雑誌が、確たる検証もないまま無責任な記事を掲載することは、 影響の大きさを考えると許されることではない。

 皆、「同じ轍は踏まない」と言いたいがために、 前回のバブルのような土地神話ではなく、「理論的な」収益還元法を使っている、 だから大丈夫だと言う。

 そのような収益還元教の信者たちが最も忌み嫌う「取引事例比較法」のほうが、 手法としては、実はごまかせる部分の少ない透明性の高い算定方法なのである。 そもそも「取引事例比較法」を悪の元凶のように言っている人々ほど、 取引利回りの平均値が何%だからこのくらいでも大丈夫とか、 海外ではもっとスプレッドが小さいから大丈夫などと、 形を変えた取引事例比較法を拠り所にしている。その姿は実に滑稽だ。

 銀座や表参道の利回りが3%でも異常ではないというなら、 経済理論を用いてその正当性を証明して見せて欲しいものである。

 「坪いくら」という地価相場に振り回されることが危険なら、 「取引利回り何%」という利回り相場を拠り所にするほうが、 一見理論的に見えてしまうだけに、一層危険で罪深いのである。

2006年12月27日