No.65 子の学力を左右するものは何か



 08年度の全国学力テストを受けた公立小学校の6年生について、 今月4日、文部科学省の専門家会議が調査結果を報告した。

 それによると、保護者の年収が高いほど子どもの成績がよいという 関連性が見られたという。

 年収1200万円以上の家庭で国語、算数の正答率が平均より8%以上高かった一方で、 年収200万円未満の家庭では平均より10%以上低かった。 基礎知識を見る「国語A」と「算数A」の正答率を、 保護者の世帯年収階層別にまとめたのが、下表である(日本経済新聞8月5日朝刊より転載)。

世帯収入正答率(%)
国語A算数A
200万円未満56.562.9
200万円〜300万円59.966.4
300万円〜400万円62.867.7
400万円〜500万円64.770.6
500万円〜600万円65.270.8
600万円〜700万円69.374.8
700万円〜800万円71.376.6
800万円〜900万円73.478.3
900万円〜1000万円72.879.1
1000万円〜1200万円75.681.2
1200万円〜1500万円78.782.8
1500万円以上77.382.5
平均69.474.8

 表上でざっと数字だけを追ってみても、世帯収入が高くなるに従って、 正答率も高くなっている様子がはっきりとわかる。

 社会調査などで、ここまで はっきりとした関係が確認できることは珍しい。まさか数字を作っているなんて ことは考えられないから、これが事実なんだろうと思うが、 新聞では左表のように2科目とも基礎的知識を見る「A」だけを取り上げており、 知識の活用力を問う「B」の詳細数字についてはわからない。

 ただ、両科目とも「B」のほうがより一層違いが大きく、特に「算数B」では、1200万円〜1500万円の 世帯と200万円未満の世帯との間で、平均正答率に23.3%もの開きがあったと報じられている。

 詳細な報告書がどこかにないかと検索してみたのだが、見あたらなかったので、 表の「国語A」と「算数A」の数値を用いて、私なりにごく簡単な分析をしてみることにした。





 各科目の正答率と世帯年収との関係がわかるように視覚化したものが、上の2つのグラフ(散布図)である。 世帯年収については、それぞれの階層の中央値(但し、200万円未満については150万円、 1500万円以上については1700万円)を統計上の階級値としてある。

 このようにグラフ化すると、世帯年収と各科目の正答率には、明白な正の相関があることが わかるが、1次関数(線形)よりも 対数関数に近い関係があるように見える。そこで、世帯年収の各階級値について自然対数をとった上で、 各科目の正答率(%)を被説明変数、世帯年収の対数値を説明変数とする単回帰分析を行ったところ、 次のような結果となった。

 国語Aの正答率 = 5.8147 + 9.8205×LN(世帯年収)
 (相関係数0.98145, 決定係数0.96325, 有意水準 p<0.01, LNは自然対数を示す)

 算数Aの正答率 = 15.0393 + 9.2438×LN(世帯年収)
 (相関係数0.98100, 決定係数0.96237, 有意水準 p<0.01, LNは自然対数を示す)

 統計学を勉強された方ならわかるはずだが、回帰分析で決定係数が0.96を超えているというのは、 極めて説明力が高い。つまり、各科目のテストの正答率は、世帯年収でほとんど説明できる のである。言い換えれば、今回の学力テストにおける子どもの国語Aと算数Aの正答率と、 世帯年収には密接な「相関関係」がある(有意水準1%どころか、0.1%でも帰無仮説は棄却される)。

 ただ、間違えて欲しくないのは、 両者に「相関関係」があることが証明されても、「因果関係」が証明されたことにはならない点である。 つまり、テストの正答率という「結果」を決める「原因」が、世帯年収であるなどと 証明されたのではないということである。理由はわからないが、両者の数字には「相関関係」があるという 点だけが、事実なのである。


 では、子どもの学力を決める「原因」は何か(・・ここからは統計的事実ではなく、 私見である)。

 もちろん、直接的な原因は、端的に「学習量」なのではないかと推察されるが、 子どもを学習へと駆り立てる要因を想像してみると、やはり家庭環境というものが 大事ではないかと、私は考えるのである。

 世帯年収の高い家庭は、両親(その年収を稼ぎ出す親たち自身)が高学歴である確率が高い。 すると、子どもに要求する最終学歴も、親自身の最終学歴を基準として考えるであろうし、 そもそも家庭における日常会話も、(誤解を恐れずに言えば)知的なものが多いのではないだろうか。 もちろん、学歴だけで会話の知的水準が決まるわけではないから、断言してはいけないが。


 「ウチの子は勉強しない」と嘆く親は少なくない。

 だが、 胸に手を当ててよく考えてみるべきである。親自身が勉強しないのに、 どうして子どもが勉強するだろう。 子どもに読書をさせたければ、親自身が熱心に読書をし、 そのような家庭環境をつくるべきではないだろうか。

 タレントで映画監督の北野武氏(弟)、大学教授の北野大氏(兄)という兄弟は、 彼らがTVなどでも公言しているとおり、貧しい家庭で育てられたと聞く。 だが、彼らの知的水準が非常に高いことは、見ていてよく分かるであろう。

 教育に十分かける資金がなかったとしても、親の意識、意欲、 創出する知的環境によって、子どもはその才能を開花させるという良い例ではないだろうか。


2009年8月9日