No.71 バブルを煽ってはいけない

〜2013年の不動産価格動向について〜




 またこうして警鐘を鳴らさなければならない時期がやってきた。


 年明け以降、円安が進行し、景気の先行きへの期待感から株式に資金が流れ込んで、 株式相場が盛り上がっている。

 この流れを受け、不動産市場にも同様に資金流入が進行しており、 不動産価格の先高感が強まってきた。


 1.地価公示と報道

 3月に発表された平成25年地価公示では、三大都市圏を中心に地価下落率が昨年よりも縮小し、 価格上昇地点が大幅に増えるなど、明るい要素も多く、新聞紙面等を賑わした。 全国平均変動率(年率)で、住宅地-1.6%、商業地-2.1%などとなり、下げ幅は3年連続の縮小である。

 当サイトで何度も取り上げてきているように、以前から地価公示制度に対しては、 一部でかなり批判的な意見が展開されることがある。いわく、「実勢を反映していない」「不動産取引の障壁にすらなりうる」等と。

 ところが、今年のように、景気に対して先行的に明るい情報を投げかけることとなる 状況では、批判的な意見はほとんど聞かれなくなる。

 テレビや雑誌等では、昨年末に発足した第二次安倍政権の大胆な経済政策 (*1)が奏功して、 不動産価格も上昇しているといった言葉が踊っていたが、 このような報道はよくよく注意して受け取る必要がある。

 そのスタンスが完全に財界寄りであり、時にマネーゲームを煽るがごとき記事も 少なくない日本経済新聞では、次のように事実を踏まえながらも、今後への 「期待」要素を強調している。


 脱デフレを掲げる安倍晋三政権の経済政策運営への期待から、 不動産投資信託(REIT)に個人や海外の投資マネーが流れ込み、都心部の物件取得に弾みがついている。 政権発足直後の年初時点の地価には「ほとんど影響していない」(国交省)が、 足元はオフィスの空室率の低下や賃料の上昇など地価上昇につながる要素も増えている。  −2013年3月22日付日本経済新聞1面

 平成25年地価公示は、本年1月1日時点の土地価格を示すものであるから、 そこで示される年間変動率は、昨年1年間の動向を表しているのであって、 昨年末に発足した新政権の打ち出した経済政策の影響は、上記のとおりほぼゼロである。

 つまり、今年3月に発表された地価公示価格には、 今年に入ってからの経済動向は、当たり前だがまったく勘案されていないわけだ。


 2.平均変動率そのものに大きな意味はない

 地価公示の結果が報じられるとき、必ず大きく取り上げられるのが「平均変動率」 である。全国の住宅地が平均1.6%下落、商業地が平均2.1%下落であり、 これは昨年に比べてそれぞれ0.7ポイント、1.0ポイント下落幅が縮小している・・といった具合である。

 この場合の平均とは、対象調査地点の年間変動率の算術平均値であるが、 個別の地点を見ると、当然のことながらこれよりも大きく下落していたり、下落幅は小さかったり、 横ばいだったり、今年は上昇している地点もある。それらを単純平均した数値に、いったいどんな意味があるだろうか。

 もちろん、昨年と比較した大まかなトレンドというのはわかるが、それ以上の意味合いはない。

 思うに、数学的センスだったり、統計リテラシーの乏しい人ほど、平均値で語ろうとする。 記述統計では、平均値以外に、少なくとも中央値、最頻値、標準偏差などの特性値を併せて示さないと、 分布の全体像などわからない。

 しかも悪いことに、平均値だけ示されると、全部がそのトレンドに従っているかのような錯覚が生じる かもしれないし、今この瞬間も同じトレンドで変化し続けていると思う人も出てくるかもしれない。

 昨今のように、不動産価格の個別化がどんどん進行している時代には、 上昇に転じてもごく一部の地域であったりするし、その一部地域では思惑買いの連鎖で価格が急騰する時期も見られる。 そういったことに注意をした上で、数値を読み取る必要がある。


 3.バブルはいつも違う顔をしてやってくる

 今年に入って、一部地域で不動産販売価格が上昇しているのは、事実である。 消費増税前の駆け込み需要を当て込んで、住宅供給が伸びており、人気のエリアでは、 品薄感も出ている。また、商業ゾーンでも東京や大阪の中心部で開発が進行しているエリアなどでは、 事務所需要も堅調で、不動産市場が大いに盛り上がっている。

 国土交通省が5月29日に発表した平成25年第一四半期(1/1〜4/1)における 「主要都市の高度利用地地価動向報告」(いわゆる地価LOOKレポート) では、調査対象の全国150地区のうち、実に53%にあたる80地区が、価格の上昇を示していた。

 さあ、いよいよ全国的に地価上昇期に入ったか?との期待を抱かせる数値だが、 この調査はあくまでも三大都市圏(東京圏、大阪圏、名古屋圏)と地方中心都市の 高度利用地(住宅地は高層住宅等により高度利用されている地区、 商業地は店舗、事務所等が高度に集積している地区)に限定したもの。 つまり、各地域において、集中的に資本投下されるエリアのみである。 しかも調査結果の詳細を見ると、盛岡、長野、新潟、高松、熊本などの地方都市だけでなく、 千葉、浦安、柏などの東京近郊の地区でも地価は下落している (*2)。

 現在の活況は、ほぼ三大都市圏の中心部に限定されているというのが実情であるが、 この価格トレンドを見れば、いわゆるリーマン・ショック前のミニバブルに似てきている。

 但し、当時のミニバブルと、今回とでは、決定的に違うことがある。

 2006〜2007年頃の地価上昇に際しては、不動産関係者やいわゆる評論家などが、 「過去の失敗に学んで、収益還元評価で不動産を見ているから、今回のはバブルではない」 と言いつのり、高値を容認し"謳歌"していた。 そのような動きに対し、当サイトではNo.59No.60などで積極的に警鐘を鳴らしてきた。 そして、私が懸念したとおり、ミニバブルは2008年に崩壊を迎えるに至った。

 そのような過去を経験しているので、今回(2013年)の世間一般の論調は、 かなり様相を異にしている。いわく、「今の株価、地価の上昇はまだ実体を伴っていない」 「そのうち崩壊するかもしれない」。

 そんな賢明な判断をしつつ、それでも小儲けするなら今しかない、 という思いも交錯し、じわじわと不動産価格が上昇しているのではないか。

 実体経済の好転を伴わない資産価格の上昇は、バブルにほかならない(*3)。 資産バブルは、思惑買いの連鎖で価格がつり上がってゆくが、 どこかで誰かがジョーカーを引くことになる。 そのタイミングを、おっかなびっくり探りながら、ひとときの活況に一部の人が酔っている のが、昨今の状況のように思える。

 最も怖いのは、期待感だけで資産価格が上がり、需要創出がままならず、 金融緩和で物価は上がったのに、その後金利が急上昇して、資産価格が暴落を迎えることである。

 くれぐれも警告しておきたいのは、 不動産を投機(*4)の対象として短期の転売利益をもくろむような愚かな行動は、 為すべきではないということ。

 不動産売買とは無縁の一般の方々も、 なんとなく漂っている明るいムードに流され、無節操に散財する行為は慎むべき時だと思う。

 消費増税前の駆け込み住宅需要もあるようだが、 そもそも消費税は土地にはかからないので、3%の増税が実行されても 建物価格の3%分高くなるだけである。

 例:土地付き一戸建て4000万円のうち、2000万円が建物代とすると、増税はその3%の60万円にすぎない。 もし増税後に地価が年率3%で下落すれば、 増税分は1年で帳消しになる。もしそれ以上地価が下落したら・・と考えてみればいい。 さらに言うと、土地の高い東京などでは、土地4000万円+建物2000万円=計6000万円の一戸建てにおいて、 消費税が3%増税されることによる効果は、土地価格のたった1.5%(=2000万円×3% ÷ 4000万円)である。

 地域によっては地価上昇がじりじりと続くことも皆無とは言えないが、 今がバブルだとすると、いつかは反落するし、過去の消費増税の影響を見ると、 増税が経済にマイナスの影響を与える公算が大きい。

 最近、家は増税前に買うべきでしょうか?といった質問を受けることが多いが、 私は、次のように答えている。「増税後に不動産が下がる可能性が高いので、 焦って適当な物件を買うような行動をしてはいけない。 今すぐ必要なのでなければ、増税後まで待った方がいい」と。

 人口減少社会においては、資金が集中投下される大都市圏の限られたエリア 以外は、ファンダメンタルな不動産価格は長期低落傾向とならざるを得ない。 これからの不動産購入は、場所の見極めが非常に重要となるので、 一般の方々は何となくムードに惑わされ、焦って手を出すようなことがないよう、警告しておきたい。

2013年6月3日


*1:単に市場にマネーを大量供給して貨幣価値を下落させ、その結果、株式市場に資金を向けさせ、 輸出産業を利するような経済政策が「アベノミクス」などという大仰な名前で賛美されている現状を見るにつけ、 政治家を初めとしていかに経済音痴が多いかがわかる。いや、金融緩和措置自体は好ましい政策であり、 むしろ以前から一部の専門家は「大胆なマネー供給をせよ」と言い続けていた。そのたびに、 訳知り顔の経済界や御用学者は、「そんなことをしたらハイパーインフレになる」 「金を刷ってジャブジャブにするなんて正気の沙汰でない」と散々腐してきたはずだ。
 ところが、政治状況が変わるやいなや、そのような声はピタッと止まった。現状では、 金融緩和に異を唱える声は無視されるようになった。それはなぜか。
 本来、貨幣価値下落(インフレ)を招く金融緩和は、資産家には非常に評判の悪い政策である。 資産価値維持を考えれば、デフレのままがいい。もし、インフレ政策を受け入れるとするなら、 相応の見返りが欲しい。
 今年に入って、インフレ政策の陰で密かに話し合われている解雇規制の緩和、法人減税を探る動き、 株式投資優遇策、学資の名のもとに祖父母から孫へ非課税で資金移転可能となる方策、 小規模宅地に係る固定資産税の軽減措置の拡大などは、すべて財界や富裕層へのアメと言えるのではないか。

*2:公平を期すために記載しておくと、近畿5府県(滋賀、京都、大阪、兵庫、奈良) では下落を示す地区はなく、すべて横ばいか上昇である。

*3:そもそも地価は、景気の遅行指標(他の指標よりも遅れて動く)なので、 現在のようにまだ総需要が拡大していない状況で地価が上がるのは、思惑による先行買い、すなわちバブル であると言わざるを得ない。

*4:投資と投機は似たような言葉だが、まったく意味が違うので注意したい。 投資とは新たな需要に基づいて行う資金投下のことだが、 投機は価格変動そのものを利用して短期に利ざやを稼ごうとする行動。 前者は真っ当な経済行為だが、後者は博打である。