No.73 東名阪で異なる商業地価の変動要因

〜2016年後半以降の不動産価格動向について〜



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1.インバウンド需要に変調

 外国人旅行者等によるいわゆる「爆買い」に陰りが出てきたという報道がなされている。 これにより、今まで活況を呈してきた東京や大阪などの繁華街では、客足の減少、売上の減少 が顕著になってきたといい、さらに国内外の富裕層の購買力に支えられてきた百貨店の高級品 売上も落ちているという。

 このような変化が各地の不動産価格に与える影響は、決して少なくないものがあるが、 地域によってもかなりの差があるとみられる。


2.都市部における路線価の上昇(昨年1年間の地価動向)

 7月初頭に国税庁から発表された相続税路線価(本年1月1日時点の価格)によると、東京、大阪、愛知等の大都市圏を中心に、 全国14の都道府県で、年間平均変動率がプラスになった。上昇率のベスト3は東京都(2.9%)、宮城県(2.5%)、福島県(2.3%)と、 被災2県が上位に入っているものの、個別地点を見ると、1位が大阪市北区角田町の御堂筋(22.1%)、 2位が東京都中央区銀座5丁目の銀座中央通り(18.7%)、 3位が京都市下京区の四条通(16.9%)、4位が名古屋市中村区の名駅通り(14.1%)などとなっている(*1)。

 三大都市圏の地価上昇が顕著と言えるが、その理由は、大都市部でより景気回復が進んでいるといった単純なものではなく、 実は三者三様であると言える。


3.東京の地価変動要因

 東京都心部には日本を代表する企業の本社が集積し、周辺には他地域に比べて圧倒的多数の高額所得者が住み、観光客数も国内最多である。 つまり、経済の中心地であるだけでなく、一大観光地という側面もある。インバウンド需要などと騒がれる前から既にして 圧倒的な吸引力を持っているため、観光客が金を落とすのは今に始まったことではない。また、言うまでもなくそのような「外需」 以前に豊富な「内需」が存するため、全体の中でのインバウンド効果は他地域に比べて大きくない。

 昨今の東京都心部における地価上昇の牽引役として頻繁に語られるのは、 J-REITなどの不動産投資ファンドである。低金利下で有効な投資先が少ない環境で、投資家にとってミドルリスク・ミドルリターンの REITは魅力的に映る。そのような背景から、ファンド自身も物件購入を積極的に進めている。 優良物件の取り合いになると、価格が上昇するのは必然であり、エリアによっては取得利回りが4%を割って3%台となり、 銀座などに至っては2%台という異常な低水準まで低下した(*2)。 利回りの低下とは、賃料収入が上昇しない状態での取得価格上昇を意味する。 それだけ競争が激化しているのと、先行きに対して楽観的観測が広がっていることの証左である。

 東京を中心としたこのような動きに変化が訪れるとすれば何が原因となるか。 それは、金利の上昇である。

 金利が上昇すれば株式や不動産などの資産価格が下落するというのは経済のイロハのイだが、 その理由は、他に魅力的な投資先の選択肢が増えることによってリスク資産への相対的な資金流入が細るというだけでなく、 機関投資家や個人の不動産購入者の調達金利(=購入コスト)が上昇することも大きい。 特に近年、都心商業地等の地価上昇を牽引してきたJ-REIT等の不動産ファンド自身も、 デット部分の調達コスト(借入金利)がアップすれば、これまでのような高値購入が厳しくなる。 また、投資家がREITの購入を渋れば、株価(投資口価格)も下落する。

 国内でもとりわけ東京は経済活動の中心地であるだけに、金利動向のみならず為替相場、 海外株式市場の動向等にも大きく左右されるために、不動産価格もそれらに翻弄されて大きく変動する。 オリンピックの開催等、先行きに明るい要素があるものの、他地域に先んじて経済に反応するという特殊性から、 今後の地価変動は一番読みにくいと言える。


4.名古屋の地価変動要因

 名古屋地区は周知の通り中央リニア新幹線の開業スケジュールも決まり、 ターミナルとなる名古屋駅では将来を見据えた開発と、それに伴う用地取得合戦が激化しており、一種のお祭り騒ぎ状態にある。 これまでは新幹線と在来線に沿った南北方向に開発が行われていたが、リニア駅が東西方向に設置されることで、 従来手つかずだったエリアにまで開発が進行する可能性がある。

 この名古屋の変貌は、将来に向かっての長期的な都市構造の変化と言えるもので、地域の底上げを意味することから、 仮に短期的な経済動向による地価の低迷があったとしても、リニアの開業までは一気に暴落という事態は考えにくいのではないか (取得合戦で異常な価格に高騰した名駅地区の揺り戻しは、当然あろうが)。 但し開業後は、首都圏に取り込まれる形で発展を続けるか、あるいはストロー現象で衰退に向かうのか、地元の頑張りにかかっている。

 なお、中京圏で地盤を固めるのはもっぱら名古屋中心部であり、郊外都市はむしろ吸い取られて格差が鮮明になるのではないかと思われる。


5.大阪の地価変動要因

 大阪を中心とする関西圏は、昨今最もインバウンドの影響を受けている地域と言える。 海外から押し寄せる旅行者のため、ホテルは軒並み高稼働率で推移しており、今国内で最もホテルが取りにくい地域と言われている。 旅行者は心斎橋・難波・阿倍野・梅田等、大阪中心部でいわゆる「爆買い」行動をし、小売店の売り上げも好調が続いてきた。 アジア諸国の人々は大阪に親しみを感じるようで、それら旅行者のおかげで大阪経済のかなりの部分が支えられている。

 ところが最近、冒頭で記したように、この「爆買い」がかなり落ち着いてきている。 ホテルの平均稼働率も少し下がってきている。

 インバウンド需要を支えているものは、主に中国経済の好調と、円安である。 前者に陰りが見え、為替レートが円高に向かうと、一気にしぼむ恐れがある。 それは既に始まっているとも言える。

 近年の大阪の盛り上がりを見て、「ついに関西経済の復権」などの意見も一部に見られたが、 これは楽観的に過ぎる反応ではないかと、私は思う。 関西に巨大企業が進出などといった話は聞かないし、むしろ流出が進行している。 市民の財布のひもを緩める要素は見当たらない。つまり、首都圏のような地域の「内需」は乏しいのだ。

 東京や海外の富裕層がこぞってマンション等を購入する京都を除き、 三大都市圏の中で関西圏は一番ファンダメンタルズが脆弱であり、 今後地域が変貌するような明るい要素もほとんどない。だからこそリニアの大阪までの早期開業をと、 関西経済界は要望するのだが、事業主体が名古屋に本拠を構える営利企業である以上、 大阪まで一気に開業というメニューは最初からなく、(言葉は悪いが)むしろそれを全力で阻止する ために様々な理由を用意するのは当たり前である。 そもそもそんな外的要因に頼らなければならないところに、 関西の凋落ぶりが現れているのであるが。


6.岐路に立つ三大都市圏の不動産市場

 以上のように見てくると、東名阪で抱える事情は異なっており、 今後も不動産価格が全国的に上昇するとは考えにくい。 都市部と農村部の格差が拡大したように、次の時代は都市部相互間においても、 優勝劣敗が鮮明になってくるのではないか。

 世界の経済動向や投機筋の行動にまで翻弄される東京、しばらくは上り調子の名古屋、「爆買い」が一夜の夢に終わりかねない大阪。 これからますます三者三様に変化していく。現在はその入り口にいるように思う。

2016年8月2日


*1:路線価は7月に発表されるので、地価上昇と言われると今現在もその勢いで上昇をしているかのように錯覚するが、 この年間変動率は2015年1月〜2016年1月の1年間のもの。即ち、昨年1年間でどれだけ地価変動があったかを示すものであって、 足元の地価動向を示すものではない点に注意が必要である。

*2:例えばNOI(=Net Operating Income:償却前の運営純収益)に対する利回りが2.5%だとすると、 実際にはこの中から建物の償却(再築費用のプール)と借入金利返済に充てる分を控除しなければならないが、 後者はほぼゼロ〜0.5%程度だとしても、 前者については建物耐用年数50年・積立中の運用利回り2.5%とした場合の償還基金率が約1.02%であるから、 これらを控除した収益率(償却後利回り)は、1.5〜1.0%程度となる。 そもそも建物の建て替えなんて考えていないから、減価償却費など考慮しなくていいと言われるかもしれないが、 次に同等の建物を取得するには費用がいるから、理論上、無視することはできないのだ。
 マイナス金利下で投資利回りがわずかでもプラスであれば良し、という主張もあるが、暴論であろう。 海外では2%台の不動産利回りなんて普通だという指摘もあるが、不動産固有のリスクを考えた場合、 これは常軌を逸した低利回りと言わざるを得ない。これをバブルと言わずして、何がバブルであろう。
 ではなぜこんな低利回りでも物件取得するかというと、キャピタルゲインを見込んでいるからである。 例えば5年保有後に3割程度価格が上昇すると予想するなら、年あたり約6%のキャピタルゲインがあるから、 それだけで十分である。この理屈は、1980年代終盤のバブル期に行われた不動産投資とまったく一緒である。